健康に生活するなかで、手、足、目、耳などに障害を持ち、生涯期待していたことが満足に出来ないことがあります。その山となる希望が大きいほど、谷は深いものです。そして自分以外の誰か、健康だった子供達や兄弟姉妹が視覚障害者や身体障害者になった場合、将来に大きな期待をかけていた分だけ夢破れた時のダメージは、自分が障害者になる時と同じ位の衝撃を受けます。期待した高い山の分だけ、谷は深いのです。そして、深い谷を登るにはなかなかに時間を要します。
25歳の長女は初恋の男性と結婚しました。娘夫婦は美男美女、自分で言うのも恥ずかしいですが妻に似て長女は美人でしたので、誕生する孫に期待をかけていました。それも「大きな山」です。結婚して1年後、夫の親が経営している岐阜の会社を引き継ぐため、東京から岐阜に転居していきました。その3年後には長女から懐妊の連絡を受けました。盆と正月を一度に迎えたような「高い山」の喜びがあったのですが、それも束の間、余命3ヶ月の「子宮ガン」宣告の連絡をも受けたのです。これまで病気知らずの自慢の娘にまさか、まさかの出来事でした。
余命より1ヶ月伸びたものの、希望の山は見事に崩れました。その後、深い谷に落ちた妻の感情はいまだ回復していません。死後5年になりますが、長女が使用していた子供部屋には、飾り付けされた写真、人気俳優のポスタ-、修学旅行のお土産、彼からの誕生日プレゼントなどがいまだ片付けられずそのままとなっています。
今日は引き出しやタンスを片付けると言いながら妻は部屋に入るのですが、午前中コトリとも音がしません。何をしているのか心配になりドアを開けると、目を赤くして娘が残した手紙、日記、成績表などを読み返しています。何度も早く忘れるようにと話してきましたが、あれから4年経ちますが深い谷から回復していません。早く諦めるようすすめていた当の本人も同じ傷をもつ同士です。気持ちは理解できるのでお互い時間をかけていくことにしました。
見た目には何も障害がないと思われていても、同じ心配事を持っている方はたくさんいらっしゃるでしょう。もし同じ深い谷の方に巡り会いましたら、共通の話題を話しながら、お互い抱えた深い谷を浅くし合うことができるかもしれません。相手の方もきっとそのお相手を探していることでしょう。