老人ホームから来られたヘルパーさんが現在、一週間に5人の在宅の障がい者のところに入っている。5人のケアを行っているので、さぞかしうまいかと私は喜んでヘルパーに入っていただいた。ところが、何度言っても私の身体を荷物のようにベッドにバタンと寝かせる。恐怖でいっぱいだった。言葉でどうやって教えていいか悩んだ。ケアのうまいヘルパーさんにも何度も来ていただき教えていただいたが、うまくいかない。
困ったなあ、いつ断ろうかと私はそのことしか頭になかった。しかし、ヘルパーが足りないので断っている場合ではない。自分の命を守るためにも、そのヘルパーさんにケアのテクニックを伝えなければいけない。
しかし、わがままな私がいて、これだけ教えても無理ならもう無理かなとも思っていた。あるとき突然、夜中トイレに行って、ベッドに寝かせてくださった際に背骨をまっすぐにして寝かせてくださった。私はその瞬間、心地よいものを感じた。(こんなにも背骨をまっすぐにしてくれるヘルパーさんはいなかったなあ)と感じて、嬉しくなった。
「ヘルパーさん、背骨をまっすぐにしてくださるので、身体が楽になったわ。ありがたいです」と言うとそのヘルパーさんは暗闇の中でにっこり微笑んで「そうですか、よかったです」と答えてくださり、そのときから手の緊張がほぐれたらしく、柔らかく接してくださるようになった。そのヘルパーさんが来る夜はよく眠れないと、恐怖の時間であったが、その次の週から私が楽に眠れる日になった。ヘルパーさんと冗談交じりで会話もできるようになった。人間の力はすごいなあと心の底から思った。考えていることを率直に褒めなければいけないと強く感じた。でもいくら褒めてもダメな人がいるので、私の褒め方が悪いのかなあと感じるときもある。ケアを受けて生きるということは、毎日が闘いでありお互いにどう許し合って生きていったらいいのかを考え続けなければいけないことだと思った。
私も今年で69歳になる。障がいを持った69歳のわがままなばあさんである。生きているときに、疲れて死にたいと思うときがある。でも、ヘルパーさんたちは朝早くから深い雪道を汗をぬぐって来てくださる。そういう人がいる限り私は生きていかなければいけない、と深く思う。
※本コラムは、「季刊へるぱ!第56号」(2022年4月発行)に掲載したものを公開したものです。