酒井俊子さん(仮名、81歳、女性、要介護1)は一人暮らしで、近所に長男家族が住んでいます。行動的でよく散歩をしますが、認知症があり、1ヵ月前から帰る道がわからなくなりました。訪問介護サービスはともに調理や掃除をします。先日酒井さんが野菜を切っている側で、シンクに一杯になっていた鍋や食器を洗っていたとき、洗剤の泡で手が滑り小皿を割ってしまいました。すぐに謝ると、「いいわよ、もう古いし寿命だから」と言われてその場は終わりました。その後はいつもどおり話をしながら調理をしましたが、そのことが頭から離れず申し訳ない気持ちでいっぱいでした。酒井さんは「気にしなくていいわよ」と言ってくださったのですが、何とも言えないモヤモヤした気分のまま、その日のサービスは終了になりました。何度も反省し、次からは気をつけようと思いながら事業所に戻ってきました。
すぐに報告し、責任者と酒井さん宅へ謝罪に伺いました。「わざわざそんなことで謝らなくてもいいわよ」。長男にも電話で謝罪し「わかりました、いいですよ」と言われました。それでも心は晴れず、今まで仕事を長年やってきたなかで、経験したことのない何とも言えない空虚な気持ちでいっぱいになりました。
他のヘルパーが同様にお皿を割ってしまったときは、「ミスは起こるもので次回から気をつけよう、なぜそうなったのか振り返って次の糧にしよう」と何度も言っていたのに、自分がその立場になるとそう簡単に切り替えられません。それどころか、自分はこの仕事が向いてないのでは、とかなり落ち込んでしまいました。
仕事帰りに、友人と食事をして話をたくさんしたら少し気持ちが戻ってきました。帰宅してゆっくりお風呂に入り気分転換。でも、ベッドに入っても目がさえて眠れません。
その後、酒井さんは他のヘルパーやデイサービスのスタッフに、「ヘルパーさんがお皿を割った」と話題にしていて、いやでもそれが耳に入ってきます。再度落ち込む日が続きました。
それでも前向きな気持ちで酒井さん宅を訪問し再度謝罪、「もういいわよ」と笑顔で迎えてくれ、いつものように一緒に調理をしました。気をつけながら食器を洗う。「今日もおいしいのができたわね、私の元気の素だからね」と笑顔いっぱいの酒井さんにたくさんの元気と勇気をいただき、やっぱりこの仕事を続けようと思いました。山あり谷ありだけど、やる気が湧いてくるように感じました。