本町夏子さん(90歳、仮名、女性)は要支援2でひとり暮らしです。下肢筋力の低下、偏頭痛や腰痛があり、日によっては身体の動きが悪くて起きられないこともあります。訪問介護サービスでは一緒に買い物、調理、掃除を行います。買い物に行くときは、訪問介護員がかごを持って、本町さんが買いたい物を入れていき、「これでいいわ」と言うとレジに行きます。支払いは本町さんが行い、袋に入れるのを見守ります。もともと寡黙なので、季節の野菜や果物の話をしても「そうね」以上には発展せず、どうしたら会話のキャッチボールができるのか悩みます。訪問介護員は変更せず、慣れた3人が2年間行っていますがいつもこんな感じで、デイサービスを勧めても行こうとはしません。
お盆が近づいたある日、調理が終わって一緒に片づけていると、「お墓参りに行きたいの」と突然小さな声で言いました。手を止めて本町さんの顔を見て「お墓参りですか?」と尋ねます。少し時間を置いてから「実はね、水子がいるの、一度でいいからお参りしたいの」。仏壇はないのですが、いつも棚にお花と水が置かれているのでなぜなのかと思っていました。理由は聞いたことがありません。また、独身だと聞いていたので想像もしていませんでした。親戚や知人も訪ねて来ないし、身内の話もしません。
サービスの時間は過ぎていましたが、「時間なので」と打ち切ることもできず、しばらく本町さんの話を聴いていました。今まで私たちはあまり身内のことには触れず、寡黙だからと話題にするのを避けてきましたが、それでよかったのか。3人それぞれが工夫はしてきたものの、本町さんの心の扉を開けることができないまま、時は過ぎていました。他の方法であればお墓参りに行くことができることを話すと、急に手を取って「ありがとう、気になっていたのよ。ぜひお願いします」と、これまでのいきさつをていねいに話してくれました。本町さんが生きてきた時代や、複雑な気持ちの内、これからの自分の生き方にも触れながら、「いつも感謝しているけど口下手でごめんなさい」と……。
数日後、近所に行ったので寄ってみると、「お陰様で、長年しなければと思っていたことができ、肩の荷がおりました」と、いつもより明るい表情で声も弾んでいました。利用者一人ひとりの人生に寄り添っていきたいと思いながら関わっていますが、どれほど寄り添えているか、反芻しながら工夫を重ねていきたいと思います。