ひとり暮らしの町田一郎さん(仮名、76歳、男性)は、訪問介護サービスを週4日、デイサービスを週2日利用しています。訪問介護のサービス内容は掃除、買い物、調理、洗濯です。住まいは集合住宅の1階にあり、居間にテーブル式のこたつを置き、そこの座椅子が定位置になっています。こたつは季節によって掛け物が変わります。町田さんがサービスを利用して半年が経ちました。
町田さんは穏やかで寡黙な方ですが、掃除をするときもその定位置に座ったままで、いくら声をかけても移動してくれません。「周りだけでいい」と動こうとしないので、何か理由があるのかなあ、と思いながらも清潔な環境とは言い難く、なんとかして掃除をさせていただこうと何度も声をかけてはみたものの「ここはいいから」というだけです。お菓子の食べこぼしなどもあるので、気になるのですが無理強いすることもできません。ヘルパーたちはお手上げ状態で、改善に向けての話し合いを重ねました。清潔な環境とは?掃除をすることの意味は?その人らしく暮らすとは?結局、いい知恵が浮かばず、声をかけながら様子を見ることにしました。
ある日、いつものように掃除をすることを説明し、「周りだけでいいかしら?」と声をかけながら掃除を始めると、なんとなく動く気配がし、こたつのカバーを持ちあげてくれました。「ありがとう、いいのかしら」と言いながら掃除機をかけさせてもらうと、こたつの敷物を吸い上げてしまいました。その下には帯のかかったお金が見え、悪いことをしてしまったのではないかとドキドキしていたら、町田さんは照れたような表情で「何かあったら、お願いします」と小さな声で言ってくださいました。なんと答えてよいかわからず、ただ笑顔でうなずき、掃除機をおいて、町田さんのそばに座りました。言葉は交わしませんでしたが、町田さんの気持ちが伝わってきた感じがしました。
利用者の価値観や生活習慣を理解するということは、頭で分かっていても実践の場ではそう簡単にはいきません。理解しようとする前に、サービスを利用する気持ちや利用者が自らのことを言える関係づくりが重要なことを今回の経験を通して再認識しました。どんなにアセスメントを丁寧にしていても、分からないことがたくさんあることを意識しましょう。目の前にいる利用者の表情や雰囲気など、丁寧に観察し、そのことをどのように解釈すればよいのか考えることが、介護の基盤でもあります。そして、それを改めて大切にしていきたいと感じました。