製造現場で機械相手に働いていた人に介護の仕事は難しい!?
今、不景気で仕事を失った人に対して、『ヘルパー2級の資格取得を後押しして、人手不足の介護現場で働いてもらおう』という行政の支援策が各地で打ち出されています。
しかしながら、製造現場で働いてきた人のなかには、介護施設での実習を通して、今まで正確・迅速に黙々と作業に打ち込む仕事内容だった前職とは違う、利用者や職員とのコミュニケーションが常に求められる介護の仕事内容に、戸惑いや「自分は、この仕事に向いていないのでは??」と悩む方もいらっしゃるようです。
これまでやっていた仕事とまったく別の職種にチャレンジするのは、誰にとっても大変なこと。戸惑いがあって当たり前です。ちまたでは、「機械相手の仕事をしていた人が、究極の人間相手の仕事である介護の仕事に就くのは難しいのではないか?」といった疑問の声も聞かれます。はたして、介護の仕事に向き・不向きがあるのでしょうか?
私の考え方は……そうですね、10年前だったら「“人が好き”な人はいいけれど“人との関わりが苦手”という人は難しい」と、答えたと思います。言葉、気持ち、体の触れ合い…介護は人間対人間の仕事です。“人が苦手”という人を、お金をいただくプロのレベルにまで引き上げるのは正直厳しいと感じていました。
ダメそうに見える実習生ほど成長の“伸びしろ”が大きいのかも
でも今は、介護職の教育システムがどんどん向上しています。養成カリキュラムもそうですし、現場に出てからの実習・研修体制もだいぶ整ってきています。私自身が介護職の養成に携わっていて今感じていることといえば、『苦手意識は、経験や訓練で克服できる」ということ。
自分の趣味に合わない人と関わることが苦手なタイプは、今どきの若者にも少なくありません。
我が校にもいました。常に音楽を聴きつつ歩いて外界をシャットアウト。こちら側が挨拶をしても目も合わせない。自分と趣味の合う友人とだけディープな会話で盛り上がる(笑)。
その彼が最初の実習に行ったとき、職員からは「目を見て挨拶できない」「やることに気持ちが入っていない」「報告ができない」とさんざんの評価でした。
ある時、こんなことがありました。利用者の方が歩行中に転倒し、近くにいた彼が助け起こそうとしたのです。職員がすぐに駆けつけ、事情を聴き取ろうとしたのですが、彼自身が動転してしまい、状況をきちんと説明することもできませんでした。彼はその事件でものすごく落ち込みましたが、それをきっかけに大きく学んだんですね。
自分はもっと注意深く、周囲の利用者を見守っていなければいけない。まずは、相手の目を見てきちんと挨拶することから始めよう・・・と。彼は、初めて自分から外界に踏み出したのかもしれません。すると、利用者の方は敏感ですから「最近がんばっているね」「いつもありがとう」と声をかけてくれるようになるんです。そして、職員とも徐々にコミュニケーションが取れるようになり、良い循環が生まれる。すると少しずつ、彼に自信がついてくるのが分かりました。
施設での実習は“労働者の補完”ではなく、“実習生のいいところ、できることを伸ばす”方向に変わってきています。「こりゃあダメだ・・・」というような子が、現場で大きく成長していく姿には私も驚かされます。“ヤンキー系”と言われる子なんか、社会に受け入れられない経験を持っていますから、相手の立場に立って考える力を持っている子も多いですよ。
性格や年齢から「介護職に絶対向かない」という人はいない
これからの利用者は、さまざまな価値観や嗜好を持ち、それをどんどん主張するようになってくると思います。だから、基礎的な介護の知識と技術を身につけなければならないのはもちろんですが、介護職もそれぞれ個性が違う人がいたほうがいいと思います。それを上手くマッチングできる仕組み、また、悩みやトラブルを話し合い、サポートし合える環境づくりが求められます。
年齢が高いことは、確かに体力面で若い人よりきついかもしれません。しかし、介護職特有の腰痛なども、ボディ・メカニクスを修得することや福祉用具の工夫等の研修で、未然に防ぐことが可能です。また、訪問介護、特にグループホームや小規模多機能型居宅介護など居宅系においては、幅広い年齢層のそれこそ経験豊富な人が職員として、利用者と共に過ごすことがむしろ自然だと思います。誰が利用者で、誰が職員か分からない・・・といったような。そもそも地域ってそういうものですよね。
だから最初は“自分は向かない”と思ってこの職を離れた人でも、他の職種や子育て・親の介護などを経験して再度この仕事に戻ってきたときに、“自分の天職”だと感じることも十分あり得るのではないでしょうか。その意味でも、今、現場を離れている潜在有資格者の人に、ぜひとも再チャレンジしてもらいたいですね。
ただし、なかには少数ですがどうしても向かない人もいます。それは、利用者の金品に手をつけたり、利用者に嘘をついたりしてしまう人ですね。特に、訪問介護は他人の目が入りにくい一対一の仕事だけに、最低限の倫理観が欠如している人はサ責や管理者がきちんと見抜いて、対処しなければなりません。
介護の仕事はたゆまぬ自己研鑽が必要ですが、その分、潜在的な力を発揮できる機会も多く、自分で自分の成長に驚く可能性の高い仕事です。“こういう仕事は苦手”と自分自身を枠にはめてしまうのは、もったいない。個別性の高い仕事だからこそ、あなたという個性が活かされる仕事でもあると、私は思っています。