――介護職だった山田さんが起業に至った経緯を教えてください。
介護の仕事に就いたのは、2000年代前半のヘルパーブームがきっかけで、当時は軽い気持ちで始めました。最初は特養に勤めて、その後、有料老人ホームに転職しました。転職先は前職より自由な雰囲気で、入居者の方にネイルやお化粧をして差し上げることができたんです。皆さんふだんからお洒落な方が多かったのですが、メイクをするととても喜んでくださって。それが嬉しくて、本格的に美容を学ぼうと決心して、美容専門学校に通い始めました。仕事を続けながらの通学は、体力的にはきつかったのですが、10代20代の若い子たちに交じって学ぶという経験が本当に楽しかったです。
――資格を取った後は?
当時勤めていた有料老人ホーム内の有志のメンバーと、美容プロジェクトを立ち上げました。レクリエーションの一環として法人内の各施設で、希望する入居者の方たちにメイクアップやネイルを提供し、楽しんでもらうのが目的です。この企画を続けていくうちにリハビリを拒否していた方が意欲的になったり、ふさぎ込んでいた方が明るくなったり、ポジティブな効果があることがわかってきたんです。
その変化をご本人、そして周りの方に知ってもらうためには、写真を撮って残すのがいいなと思った。そうして写真も併せて撮り始めたら、今度は「遺影写真を撮りたい」とおっしゃる方が増えてきました。「カメラマンをどうやって探したらいいかわからない」「家族にも言いづらいし、施設に入ると頼めない」。そういった声を聞いているうちに、弊社の顧問で、当時、撮影技術を教えてもらっていた写真家の西本和民氏から「とても良い仕事だからしてみたらいい」と背中を押してもらったんです。それで、施設や自宅、どこにでも伺う出張撮影サービスの会社を立ち上げました。
――山田さんは介護福祉士やケアマネジャーの資格もお持ちです。介護の資格がある写真家というのはかなり少ないと思いますが、さらにメイクもできて美容師の資格も取得している方となるとほかにはいないのでは?
起業する際に少し調べたのですが、たぶん私の他にはいないと思います。
メイクの力って本当にすごいんです。特に女性は「全然興味ないわ」「いまさらメイクなんかしても…」とおっしゃっていても、いざメイクをすると、100%喜びます。「女心」は誰でも持っているのに、ふだん注目されることが少ないから、埋もれてしまっているんですね。「女心」を掘り起こしたくて(笑)、撮影中は「本当におきれいですね」と声をかけ、楽しい時間になるように心がけています。日常的にメイクをされていない方だと、ご本人も周りの方も、驚くほどに変身します。メイクアップすると気分が上向いて、「明日も元気で頑張ろう」という気になる。そういうサービスを提供したいと思っているのです。
――希望すれば自宅でも出張撮影サービスを利用できるそうですね。
当初、施設でのニーズが多いかなと予想していましたが、コロナの影響もあって、自宅での撮影を希望するご家族からの依頼が多いです。最近で印象的だったのが、脳腫瘍であと余命半年と宣告された若い女性のご家族からの依頼です。その女性はベッドの上でほとんどの時間を過ごされていたので、ギャッチアップしながらメイクをして撮影したのですが、出来上がった写真を見ると、お元気だったときとはまるで別人でした。病気の進行に伴って、表情もうまくつくれなくなっていたからだと思います。きっとご本人は元気なころの若くてきれいな自分をイメージされているはずだから、亡くなる前にこの写真をお見せしたら、ショックを受けるだろうと思ったんです。期限ギリギリまで修正して、何とか以前のお顔に近づけようと頑張ったのですが、技術の限界を感じました。
写真って撮るのは一瞬ですけど、手元に一生残ります。まさに今日、今このときが、一番元気できれいな瞬間だから、撮れるときに撮って残してほしいですね。また、自宅での撮影では、必ず家族写真も撮るようにしています。みんながそろって撮れるときってなかなかないですから。
――最後に、人物をきれいに撮るコツがあれば教えてください。
メイクアップすると、やはりきれいになりますが、眉毛を描くだけでもグッと印象が変わりますので、お勧めします。あとは、好きな人のそばで撮影するということでしょうか。旦那さんやお孫さんなど、ご家族と一緒に撮影すると、パッと気持ちが明るくなって自然とよい表情になるんです。私が撮影する際は、手をつないでもらったり、「もう少しそばに寄ってみてください」とお願いして、ちょっとはにかんだような笑顔を引き出すようにしています(笑)。ぜひ試してみてください。