――漫画のテーマを「介護」にしたきっかけは何だったのでしょうか。
「自分はダメだ」と思っている人たちに、「そのままのあなたが一番素晴らしい」と伝えることを漫画家人生のテーマと思って取り組んできました。というのも、私自身が編集部や、読者からの評価を常に気にしていて、プレッシャーに押しつぶされ、一度はこの仕事をやめようと思ったのです。
そんなときに「他人と自分を比べる人生はみじめである」という言葉に出会い、みじめにしていたのはほかでもない自分自身だと気づきました。「誰にどう思われてもいいから好きなことを描こう」と吹っ切れて、あえて人のマイナスの部分をとことん描き、そこから這い上がっていく人々の物語をつくろうと思った。そのとき当時の担当編集者から、「介護を描いてみない?」と。「まさにそれだ!」と思って描き始めたのが『ヘルプマン!』でした。
介護をしている家族や介護職は、「もっと優しくしていればよかった」など自分を責めます。また利用者さんも「こんなに世話になって申し訳ない」と自分を責めている。
「介護職は清廉潔白であるべきだ」というのが、当時の世間の風潮でした。さまざまなプレッシャーから自分を責めがちな人たちに「そうじゃない」と伝え、介護を知らない人たちにも、プラスの面を伝えたいと思ったのです。
だからこそ、主人公は一般的なヘルパーのイメージとはあえて対極になるように、女性ではなく、若い男の子にしました。奉仕の精神などまるでなくて、自分のことしか考えていないような性格に(笑)。そんな子が介護を経験して変わる姿を見せることで、介護は特殊なことでなく、普通のことと感じられるようにしたかったのです。
――作品にする際に、さまざまな介護現場に行かれたそうですね。
取材して一番驚いたのは、現場の方々が皆口をそろえて「介護は面白いよ!」と言っていたことです。事前にいろいろ調べて、一般の人よりはわかっていたつもりでしたが、「面白い」に結びつくとは予想外でした。
とある施設では「ブラジャーおばあちゃん」の話を教えてもらいました。そのおばあちゃんは、大量のブラジャーとたばこを抱えて入所され、自分のお気に入りの男性介護職にだけ心を許していたそうです。いつも女でいることを忘れなかったのでしょうね。その方が亡くなる前、息苦しいからと看護師がブラジャーを外そうとしたら、お気に入りの介護職がすっ飛んできて「ブラジャーを外しちゃだめだ!!」と。おばあちゃんにとっては、ブラジャーを付けることが自分自身のアイデンティティーだったので、それを奪ってはいけないと言ったそうです。それでどうしたかというと、その介護職がブラジャーのワイヤーを抜いて、おばあちゃんの大切なものを守った。日ごろから深く接しているからこそできたことなのだと思います。人としてなんて豊かなんだろうと感動しました。
また、別の施設では、深夜に起きだしてきて大きな声をあげるおじいさんの話を聞きました。どうしたらその行為をやめてもらえるか、職員全員で考えたところ、そのおじいさんが元駅長で終電の時間を知らせているのではないかと思い至りました。そこで、試しに職員が「終電は無事に発車しました。おつかれさまでした」と伝えたところ、その日以来大きな声を夜中に出さなくなったそうです。
もちろん、成功例ばかりではないと思いますが、創意工夫によっていくらでも可能性が広がっていく。介護は知恵と、ユーモアと、感性の現場だと思います。「アイディア勝負」の部分は、漫画家の仕事と似ています。
私はひたすら紙に向かっていますが、介護職は目の前の一人ひとりとリアルタイムで向き合い、その人に合う対応をする。それってとても難易度の高いことですし、高齢者の人生を支えることで、介護職自身が人間として成長できるのではないかと思います。ほかの仕事では体験できないですね。
――主人公の恩田百太郎は、ホームヘルパー。新連載の『ケアママ!』も訪問介護が舞台です。
漫画の舞台として、施設よりも訪問介護を選んだのは、物語になりやすいと思ったからです。家では利用者さんの個性も出しやすいし、家族との関係もさまざまで、その人の本当の人生が見えてくる。ドラマって、家庭の中にあると私は思っているのです。『ヘルプマン!』では、とことん介護のリアルを描き出すことにこだわりましたが、『ケアママ!』は完全フィクションで、エンターテイメントとしての面白さを追求したいと思っています。
というのも、介護現場はどんどん進化して、漫画がリアルに追い越されてしまったのです。介護が一般に浸透してきたし、身体拘束なしの介護なども当たり前になって、問題点を描きようにも先進的と思うことは書き尽くした感じがあります。
唯一昔から変わっていないのが、介護保険制度。制度に縛られてできない、と思うことが多いので、漫画ではフリーのホームヘルパーも登場させています。保険外のサービスを広げてほしいし、自由にできることが増えるほうが楽しい。フィクションだからこそ、「こうなったら素敵だな」ということを思い切り描いて、何か少しでも読者の発想の手助けになればと願っています。