■介護現場だから見える家族の距離感、夫婦の距離感。
▲新規契約される利用者さん宅に向かう安河内さんと男性スタッフ。
―こちらで担当されている利用者さんは何名程になるのでしょう。
安河内さん:利用者さんは160名程で、登録と社員を合わせて50名程のヘルパーで担当しています。昔に比べると、利用者さんも介護保険制度を理解している方が多いので、スムーズにケアにあたらせていただけるようになってきていると最近は感じますね。
―朝霞市の利用者さんに見られる特徴はありますか?
安河内さん:高齢のご夫婦2人がお住まいになっていらっしゃる老老介護が多いでしょうか。それから、ご家族で住んでいらしても、介護に関しては子どもさんに遠慮をなさる利用者さんが多いと感じます。「子どもに悪いから」という台詞を利用者さんからよく耳にするのです。利用者さんご自身で行うのは難しく、子どもさんにも頼みづらいことは、ヘルパーに依頼なさるようです。私達はサービスの範囲でしか、お手伝いできないのですけれども。家族ではあるのですが、家族のなかにも距離というものを感じることがあります。
―なるほど。
安河内さん:この状況は、核家族化している現代だからこそ起こっている関係性なのかなあと思っています。利用者さんの中にも、自分でできることはなるべく自分でやろうとなさる姿をお見かけするので、介護上での自立を目指すという意味では良いことなのかもしれません。
▲介護者のご主人にいただいたという手紙には、ヘルパーさんへの感謝をこめた詩が。
―家族という身近な人間関係の中にも、様々な人生模様が見られるんですね。
安河内さん:家族だけではなく、ご夫婦でも介護を通しての人間関係は見られます。寝たきりの奥様をご主人が介護なさっているというご家庭を担当させていただいたことがあるのですが、そちらのご主人は介護に不慣れでいらしたんです。ですので、介護者さんではあるものの、利用者さんの奥様に対しては不器用にしか接することができないようでした。ご主人の様子を見ていると、それまで元気でいらした奥様を自分が介護するという現実をなかなか受け入れられず葛藤しているのかなと思わされましたね。
そして長年連れ添ってきた奥様だからこそ、そんなご主人の気持ちを心から理解していらしたのでしょう。ベッドで寝たきりであるほどの介護度でいらしたのに、頼りになさっているはずのご主人にはわがままや不満、弱音を吐いたり、甘えるような態度を見せることなど一切ありませんでした。それどころか「面倒かけてごめんなさいね」と、とても気を遣って遠慮なさっているようにお見受けしました。
いつも訪問させていただいていたので、そんなご夫婦のぎくしゃくした気持ちや関係性が私達にも伝わってきました。
―夫婦の距離感みたいなものを感じさせられるお話ですよね。お互いに遠慮しあっているというか。
安河内さん:はい。何とか良い状況に持っていきたいと思いました。そこで、まずは奥様の介護について理解していただきたいとの思いから、直接ご主人とお話をさせていただいたんです。そのときに、私達ヘルパーもご主人と同じように奥様を心配しているという気持ちを理解していただけたのか、話に納得してくださったようでした。
それまでのご主人は奥様に不器用にしか接することができないばかりではなく、私達のケアに対しても心配や不安がおありだったのか、ケアに当たっている最中は、いつも様子を見守っていらっしゃいました。しかしお話させていただいてからは、奥様へのケアに関しては一切を任せてくださるようになりました。ご主人がこちらに委ねる気持ちになってくださったのが、私達を信頼していただけたからであるなら、本当にありがたいです。
それ以降のご主人は、一人で抱え込んでいらした奥様の介護に対する肩の荷を降ろされて楽になられたようにも見られました。私達ヘルパーとご主人、奥様とのコミュニケーションも少しずつ豊かになりましたが、何よりも奥様の表情が明るくなられたのは希望を感じさせていただけましたね。最終的には、ご主人のほうから、介護に意欲的かつ協力的な姿勢を見せてくださって、これ以上に嬉しいことはないと思いました。
―身近な人間関係だからこそ、第3者のヘルパーさんが潤滑油となる場合もあるんですね。
安河内さん:はい。ヘルパーが入って現場の状況が良くなれば、それに越したことはありませんから。私達はどんな役割を果せば良いのか、どんな協力の仕方をすれば良いのかを常に考えながら利用者さんに接する必要があるのでしょう。
■介護に大切なのは、当たり前に巡る「毎日の関わり」です。
―今日、訪問させていただくお宅は、ご主人を介護されている奥様の補助で入られるんですよね。
安河内さん:はい、そうです。ご主人は7年ものあいだ寝たきりなのですが、奥様の熱心な介護は、私たちプロ以上で、いつも勉強させていただいているほどなんです。
▲介護者の奥様の指導のもと、2人態勢で関節運動を行う。
―熱心な介護とは、どのあたりで感じられるのですか?
安河内さん:通常であれば、7年も寝たきり状態を続けていると、どうしても関節が硬直し褥瘡(じょくそう)を発症してしまいます。ところが、こちらのご主人の場合、全く関節の固さが見られません。それというのも、奥様が朝から夜寝るまでの間、4度に渡って毎日決まった時間帯に関節運動を行っているからなのです。私達も介護補助で入り奥様と一緒に関節運動のお手伝いをさせていただきますが、大人の男性の体を支えるためには、かなりの体力が必要です。今のような夏場だと、関節運動をしながら汗が噴出すほどです。骨が固くなりやすい冬場は、やわらかくなるまで時間をかけ丁寧に関節運動を施します。さらに、私達も学ぶことが多いと感じさせられるのが、褥瘡対策です。
▲褥瘡を防ぐためのドーナツ型のクッション。市販のものを探して使用しているという。
―褥瘡を防ぐのですか?
安河内さん:ええ。長いこと寝たきりを続けていると、どれだけ関節を柔らかくしても、直接シーツに触れる肌部分は褥瘡になってしまいがちです。しかし、こちらでは、ご主人の褥瘡を発見すると初期段階で早めに対応されるので、すぐに完治なさるのです。
―それは、どのような方法なのでしょう?
安河内さん:褥瘡の防止に用いられているのはクッションで、褥瘡のできやすい部分に細かく入れ込んでいきます。たとえば、耳の裏や骨の出っ張り部分の褥瘡を防ぐ場合には、ドーナツ型のクッションで褥瘡ができやすい部分に空洞を作り余裕を持たせます。そのときに必ず行うのが、汗を吸い取りやすいようにタオルを敷くことです。タオルは1日に何度も交換しているので、常に清潔な状態を保てているんです。
▲長時間同じ体勢で寝ていても負担が少ないように寝る姿勢を整える。リクライニングチェアのイメージという。
介護者の奥様は介護の実践において、常に意欲的に創意工夫を試みていらっしゃいます。ドーナツ型のクッションや、ご主人の寝る姿勢の作り方など、私達のほうが見習う点が多いといつも感じています。 毎日欠かすことのない熱心な介護者さんの姿があると、私達もより一生懸命介護に協力したい気持ちになってきますね。お互いに高め合う気持ちの相乗効果が利用者さんの状態を改善していくんだと日々痛感しています。
―お互いに良い方向へ向かおうとする気持ちが大切なんですね。
安河内さん:そうですね。これだけ熱心に介護に取り組めるのは、いつも身近にいて長年生活をともにしてきた家族だからなのだと思うと、“良い介護には家族ありき”と感じさせられます。