(3) 「ありがとう」の一言でまた頑張れます。

>▲集合したスタッフらとケア会議中。
―住宅地が多い練馬区ですが、やはり日中独居の方はいらっしゃるのでしょうか?
稲葉さん:ええ、いらっしゃいますよ。ファミリー世帯が多そうな場所ですが、日中だけでなく、ずっと一人で住んでいる高齢者が意外と多いんですよ。
―ちょっと意外な感じがしますね。
稲葉さん:完全独居の方は連絡を取り合う相手が限られるので、特に気になります。人との繋がりが減ってしまうことも、外に出なくなる原因の一つですしね。それでなくても、高齢者ひとりっきりの外出には危険がついて回りますから、歩くことができる介護度の低い人でも一人で外に出ることに不安を覚える方は多いんですよ。
▲イライラしたときに作るというビーズのアクセサリー。スタッフの方にもプレゼントしているそう。
―それは、どういうことですか?
稲葉さん:たとえば、私たちなら転んでもかすり傷程度で済みますが、お年寄りの場合はそうはいきません。ほんのわずかな段差につまづいて転んだだけでも骨折してしまうことがあるんです。
高齢になると回復力も衰えますから、骨折が完治するまでにはかなりの時間がかかります。当然ですが、その間は体を動かすことが難しくなります。動けない時間が長くなれば筋力が弱り運動機能はどんどん低下、そのまま寝たきりになってしまう可能性があるんです。だから、高齢者は転ぶという些細なアクシデントでもすごく恐れているんですよ。ご本人たちも重々そのことを分かっていらっしゃるので普段から気をつけておられますし、一人で外出しようとはなさいません。
▲事業所前に止めてある自転車のカゴには、いつでも出動できるようカッパを常備している。
―他に独居の方で大変なことはありますか?
稲葉さん:お買い物が大変です。少し前まではこの辺の商店街も賑やかだったんですけれどね。今では多くが潰れてしまって、生活に必要なものが全て揃えられる状況にありません。あれこれ買い揃えようと思うと遠くにある大型スーパーまで行かなくてはならないんですよ。
お年寄りは、そう頻繁に外出することはありません。だから出かけられる機会に食べものや生活用品をまとめて買い揃えようとします。介護度によっては一人で買い物をして重たい荷物を持ち帰らないといけないし、ヘルパーさんが同行する方でも限られた時間の中で買い物をしなくてはならない。ですから、利用者さんにとってスーパーでのお買い物は一大イベント、いつも気にしていますね。
―お買い物がイベントになるんですね。
稲葉さん:お買い物や外出を楽しんでいらっしゃる利用者さんの姿を見ると嬉しくなりますね。私が関わることで少しでも喜んで頂けるなら本望ですし、お供させていただく私のほうこそ利用者さんには感謝しています。
―感謝、とはどういうことなのでしょうか?
稲葉さん:「ありがとう」という言葉の重みや本当の意味を、利用者さんが教えてくださったということです。気持ちをぶつける場所を失い、ヘルパーに辛く当たることしかできなくなってしまう利用者さんも中にはいらっしゃいます。けれど、ずっと関わり続けると最後には「ありがとう」と言ってくださるんですよね。照れくさそうに、恥ずかしそうにつぶやくんです。私が言うのも何ですが、その姿はすごく可愛らしいし微笑ましいんですよ(笑)。それを見た瞬間に、大変だったことが全部帳消しになってしまうんですよね。
不器用な「ありがとう」ってジーンと心に響いてきますしね、それが自分の自信にもつながります。一連の積み重ねは、仕事のやり甲斐や楽しみを一層かけがえのないものにしてくれているような気がします。利用者さんと触れ合うことがなかったら、こんな気持ちに気づくこともなかったなって思うんですよ。だからこそ、感謝でいっぱいです。
―「ありがとう」っていい言葉ですね。
稲葉さん:はい。「ありがとう」の一言が嬉しくて続けているところもあります。だから、困難に衝突しても絶対にわかってもらえると信じて頑張れちゃう。教わることもいっぱいありますしね。私はけっこう良い方に巡り会えたんだなーって思います。これから先も、素敵な方々との出会いを大切にしていきたいですね。
編集後記
▲今も残る家政婦紹介所時代の表札からは、介護の歴史が垣間見える。
シルバーケア・サービス豊住は、現在の訪問介護の原型である家政婦紹介所時代から介護事業を手がけている歴史ある事業所。
会長の増田サタ子様からは、私たちも知らなかった昔の介護業界のお話をたくさん聞くことができて、とても勉強になりました。
また、取材を快く引き受けてくださった稲葉さんの温かさは、語られる言葉の端々から伝わってきました。
▲シルバーケア・サービス豊住のみなさん。
シルバーケア・サービス豊住のみなさんと取材にご協力いただいた利用者様には心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
「へるぱ!」運営委員会一同