■介護は、私の経験が活かされている「私の人生そのもの」です。
▲調理を行う最中に、ふと見せた包丁研ぎ。「ちょっと包丁を研ぐなら和食器がいいですよ」と向井さん。
―向井さんが、介護の職業を選んでよかったと思うときはどんなときですか?
向井さん:自分の人生経験が役に立ったときですね。
―たとえば、どんなことが現場で役立っているのですか?
向井さん:すべてですね。中でも母から教えられたことで役立っているのは、家事の面でしょうか。包丁の切れが悪いとき、和食器の裏で刃を軽く研ぐんです。それだけでも、切れ味が全然違いますよ。利用者さんと関わらせていただくと、昔教わった何気ない生活の些細なひとコマがふっと頭によみがえってくるんです。
祖母から教えられたのは、人との関わり合いでしょうか。いくら自分が正しいからといって面と向かって張り合ったとしても、相手の方には決していい気持ちが残らないんですよ。だから、どちらにしても反論させるようなことをしてしまった自分が悪いと思い「まずは、ごめんねと謝るんだよ」と、祖母は教えてくれました。あとは子育ての経験も役立っていると感じることが多いですね。
▲ハムは固くなるため最後に炒め、ケチャップライスは塩分を控えるために塩を使わない。
―子育てで役立ったこととは?
向井さん:ひとつは、苦手な食べ物をいかに食べられるようにするかです。子どもは嫌いな食べ物だと吐いてしまうんです。おいしいと思って食べられるようになるためには、まず見た目を変えます。料理に加えているのが分からないように、すり下ろして混ぜこみます。すり下ろしをクリアしたら、少し形を残した状態の同じメニューを食べてもらって、「実はこの前食べた中にも、あなたの嫌いな食べ物が入っていたのよ」と種あかしをするのですが、食べられないようなら、またすり下ろしに戻るんですね。そうした小さな努力の積み重ねで大学生の今まで息子を病欠させたことがないというのが、私のちょっとした自慢だったりします(笑)。
利用者さんにも苦手なものがあったら、少しずつでも食生活を変えていただけたらいいなという思いから、この食べ方を取り入れさせていただくことがあります。
▲過去に漫画家を志していたというイラストの技術も、現在は利用者さんのバースデーカードに活かされている。
もうひとつ役立っているのは、反抗期だった頃の息子との関わりです。私がイライラしていると、不思議と息子にもイライラが伝わって、家族内がギスギスした状態になるんですよね。同じように訪問先でも、利用者さんがイライラされていると感じるときには、ご家族の精神的なケアから入ります。ご家族が落ち着かれると、ご本人に直接ケアしなくても自然と落ち着くなんてことがあります。
―子どもさんとの関わりも介護に通じているんですね。
向井さん:利用者さんも親子ですものね。いくつになってもその形は変わらないので、たとえ90歳を過ぎて寝たきりでも親なんですよ。だからプライドもあるんです。その反面、子どもに面倒を見てもらっているという負い目も感じていらっしゃいます。そこの気持ちのバランスを理解する大切さというのもあります。
▲白手袋は常備。ビニール手袋の下に重ねたり、手袋のまま直接ホコリ取りを行うのに用いるのだとか。また、「水仕事が多くても荒れない手を保つのは、大切な務めですよ」とハンドクリームは欠かさない。
―こうしてお話を聞くと、向井さんの人生そのものが介護に通じているようですね。
向井さん:そうですね。介護は私を認めてもらえる場所といいましょうか。私の存在が実証されるというか生きてきて間違いなかったと思えるんです。生まれてきて良かったなと、今の自分に充実した気持ちが持てるから、本当に幸せ者だと思います。自分の経験がすべて活かされる仕事ですから。
■編集後記
▲事業所のスタッフのみなさん。
「Quare(クオレ)」という美容室のような華やかさを感じる事業所の名前。どんな意味があるのかと疑問に思い社長の加納久美子氏に尋ねてみると、
「“クオ”は、クオリティーから、“レ”は推奨を意味するレコメンデーションから来ているんですよ。大切な人に勧められる品質をお届けしたいという気持ちを表現しました」
と教えてくださいました。
事業所名の意味からも、小さなところまでに愛情やこだわりを持っていることが伝わってくるようでした。
▲事業所内にあった“クオレカラー”である黄色のランの花。
「自分を知ることが相手を知ることに繋がるんですよね」
と、どこまでも利用者さんのことを考えている方だなあと思わされました。
今回の取材にご協力いただいた、「Quare(クオレ)」スタッフの皆さんおよび利用者さまには、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
「へるぱ!」運営委員会一同