(3) 母がキッカケで始めたヘルパー、今では息子も。
▲事業所の中には、常に明るい話し声が響く。
―ヘルパーの仕事を始めたキッカケを教えていただけますか?
坂本さん:最初は、20年ものあいだ原因不明の難病を患っていた母を介護するために勉強を始めました。それがキッカケで、ヘルパー2級の資格を取得しました。
実は今の事業所も、母の介護のことを考えて選んだ職場なんですよ。母の一件がなかったら、自宅近くで働いていたかもしれませんね。
―それはどういうことでしょう?
坂本さん:私の自宅は神奈川なので、実家のある都内までは少し離れています。それで、いつでも実家に駆けつけられるようにと選んだのが、今の事業所なんですよ。高齢になっても父と母は2人暮らしだったので神奈川での同居を提案しましたが、長年住んでいる家を離れたくないと断られてしまいました。最終的には自分から行くしかないと思い、都内に通うことにしたんです。
―お母様の介護は坂本さんが?
坂本さん:いいえ。母を介護したいとは思っていましたが、その必要はありませんでした。母は病気の自覚症状がないまま、ある日突然最期の時を迎えました。母の死に立ち会えなかったのはショックでしたし、今でも心残りです。そんな私を支えてくれたのは家族でした。私の影響があったのかは分かりませんが、息子が信用金庫を辞めて介護職に転職したんですよ。下を向いてばかりもいられないんだと、息子から教えられた気がしました。
▲訪問の際には、ゴム手袋、石鹸、消毒、上履き、ベルト(身体介護の際、腰痛を防ぐために見につける)、マスクを必ず持参するという。
―介護の仕事は、坂本さんが勧めたのですか?
坂本さん:いえ、自分からやりたいと言い出したんですよ。自分に向いているような気がすると。まず息子は介護保険事務の資格を取り、リハビリを専門とする老健(介護老人保健施設)で働き出しました。今は、ヘルパーや介護福祉士の資格を取るために奮闘しています。同じ仕事をするようになって、息子との関係にも変化が出てきたように思います。会話をする機会が増えましたね。
―どんな話をするのですか?
坂本さん:やっぱり仕事の話で盛り上がりますね。息子は転職するまで介護や福祉に触れる機会も勉強するキッカケもありませんでしたから、色々と思うところがあるようです。
▲移動しながら、ヘルパーさんのスケジュール調整を行う坂本さん。
経験を重ねれば慣れない環境でもケアできるようになりますが、まだ技術も知識もないから怖いと感じるみたいですね。自己判断の難しさがよく分かったと言っています。でも「一日があっという間で仕事が楽しい」「転職したことに後悔はない」とも言っていますね。やりがいを感じて仕事と向き合う息子を見ると、同じ介護職に従事する者としてすごく嬉しいです。
息子には好きな仕事を続けてほしいと思いながら、親としては心配もあります。もし将来、結婚するとなったら、今の報酬システムで家族を養っていくのは大変です。そう考えると、息子のような若い男性でも安心して介護職を生涯の仕事として選べるよう、世の中が変わっていけばいいなと思います。
(4) 時間に追われて気づいた、ていねいに関わる大切さ。
▲利用者さん宅に到着すると、まずはインターホン越しに挨拶する。
―坂本さんはヘルパーの資格取得後、ずっと在宅介護の仕事をしているんですか?
坂本さん:いいえ、違います。ヘルパーの免許を取ったばかりの頃は、病院で看護助士をしていました。私が担当していた精神科は重い症状の方が多かったこともあり、肉体的にも精神的にも非常にハードでした。考えてみると、当時は時間に追われるばかりで業務をこなすだけの毎日でしたね。でも、そこでの経験は今も役立っていますね。
―例えばどんなことが役立っていますか?
坂本さん:医療業務の現場に携われたことです。医師の往診や利用者さんのリハビリに立ち会う時に実感します。
あとは、たくさんの身体介護の経験でしょうか。病院勤務の頃に起床就寝、トイレや食事の介助、入浴介助に機械浴など様々な身体介護を経験しましたが、今につながる全てがそこに詰まっていた気がします。ヘルパーの仕事は様々な経験がベースになるので、本当に面白いし魅力的ですよ。
―具体的に、どういったところに面白さや魅力を感じますか?
坂本さん:ヘルパー職の面白いところは、訪問介護の依頼に対して、提供するサービスの組み立てやアレンジなどの工夫ができるところです。介護保険の制限があってもアイディアを絞り出せば、より利用者さんに喜んでいただける良いサービスを提供できますからね。
そしてヘルパーの魅力は、利用者さんと1対1でじっくりと向き合えるところだと思います。私はもともと人と接するよりも一人でいるほうが好きなので、ヘルパーには向かないと思っていました。でも、仕事の中で最も魅力的だったのは、利用者さんとのふれあいでした。利用者さんは、いつも私たちヘルパーの訪問を心待ちにしてくださっているんですよね。これほど自分が必要とされることってそうそうありませんから、すごく励みになります。
―ヘルパーの仕事をひと言で表現すると?
坂本さん:楽しくもあり淋しくもある、そんな仕事といえばいいでしょうか。ずっとケアを続けていると状態が良くなる方もいらっしゃいますが、いずれお別れの時はやってきます。利用者さんと一緒に過ごした時間が楽しければ楽しいほど、辛ければ辛いほど、最期はとてもやるせない気持ちになります。確かなことがあるとすれば、関わったそれぞれの利用者さんとの思い出は、ずっと心の中に残っているということです。
―坂本さんが思う理想の介護とは?
坂本さん:今まで頑張ってきた高齢者のみなさんを社会全体で支え、介護していけたら素敵ですね。福祉先進国に比べると日本の介護・福祉システムはまだまだ未熟ですが、それらの国々に近づけるよう、国も私たちも変っていかなきゃいけないなって思います。
ヘルパーの仕事は、精神的にも肉体的にも決して楽ではありません。けれど、その分、やりがいや達成感を味わうことができます。月並みかもしれませんが、大変だけれど楽しい仕事です。もっともっと若い世代にも介護に関心を持って欲しいし、積極的に参加して欲しいですね。
■編集後記
▲新宿ケアステーションのスタッフのみなさん。
今回の密着取材は、利用者さん宅へ徒歩で同行させていただきました。常に歩きで移動していらっしゃる坂本さんは歩くスピードが早く、利用者さん宅に到着する手前で記者は息切れ・・・。日頃の運動不足を実感させられたのでした。しかし移動中に次々と目に飛び込んでくる街並みの変化に、坂本さんが語っていた“新宿の介護”を見たような気がしました。
忙しく業務にあたる中で、丁寧に取材対応してくださった坂本さんを始めとする新宿ケアステーションのスタッフの皆様には、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
「へるぱ!」運営委員会一同