ご利用者にちゃんと理解してもらうことが大切

▲昼食をとりながら、パソコンで作業をする菅原さん。
―介護のお仕事を始めた頃とは、世間もだいぶ変わったんじゃないですか?
菅原さん:ずいぶん変わりしましたよ。平成12年、今から6年前に始まった「介護保険」の影響は大きいですね。まだまだ新しい制度ですから、これからも内容は変わっていくんでしょうけれど、「介護券」から比べれば非常に進歩的なことだと思います。
今はきちんとした制度として機能していますから、以前に比べれば良くなっている面もあります。ヘルパーという仕事が専門性を持つようになったことは、そのいい例ですよね。

▲この日のお昼はコンビニで購入。
―「良くなっている面もある」という言い方からすると、その逆もあると?
菅原さん:正直なところ、何とも言えない部分もあります。今の介護保険は、簡単に言ってしまえば「動ける人は動きましょう」というのが前提です。これは非常に良いことだと思います。
しかし、ご利用者によっては介護保険制度ができる前からヘルパーサービスを利用していたという方もいなくはないので、そういう方からは「昔は良かった」と言われることもあります。
また、本当にサービスが必要な方に、必要なだけのサービスが提供できているかと言われると、答えは難しいです。現在の介護認定基準だけでは量れないものが、実際にはたくさんありますからね。だから、何とも言えないもどかしさを感じることも当然ありますよ。日々、色々な葛藤と戦いながら仕事をしていると言っても間違いじゃないですから(笑)。
しかし、私たちの仕事は、介護保険制度をどうこう言うことではなく、利用者さんが健康的な生活を送れるように手助けをすることです。私たちのような介護従事者の役割や介護保険制度について、利用者の方がちゃんと理解してくださるまで、私は何度でもお話をさせていただくようにしています。上手に筋道を作って伝えないと、なかなか理解は得られませんからね。
「ネグレクト」を目の当たりにしたときはショックでした

▲他のスタッフとの打ち合わせは、大切な情報共有の時間。
―この仕事を辞めようと思ったことはありませんか?
菅原さん:実は、26歳の時に一度辞めたんですよ。
―それはどうしてですか?
菅原さん:ある利用者さんのご家族の「ネグレクト※1」を目の当たりにして、すごくショックを受けたんです。
私はヘルパーとして一生懸命にお世話をしていたつもりですが、お隣に住んでいたご家族は完全に介護放棄をしてしまっていて・・・。

▲菅原さんの真摯な態度は、打ち合わせ中の表情にも見られる。
―ネグレクトですか・・・。かなり衝撃的ですね。
菅原さん:血のつながった家族があんなに冷たい態度をとるなんて、当時の私には信じられませんでした。ご家族にちゃんと介護について理解していただこうと私なりに頑張ってみましたが、いちヘルパーがむきになってあれこれ言ってみたところで、状況は何も変わりませんでした。
あからさまなネグレクトを目の当たりにしたのが初めてだったせいもあるかもしれませんが、とにかくそのことに耐えきれず、仕事を続けられなくなってしまったんです。まだ私も若かったし、現実を受け止め切れなかったんですよね。
―なるほど。人間は、優しくて残酷な生き物ですからね。
菅原さん:利用者さんが元気なときはいいんですよ、ご家族はちょっと遠くから眺めているだけで。でも、いざって時にはやっぱり家族の助けが必要なんですよ。家族じゃなきゃダメなことも沢山あるんです。
どれだけ一生懸命に関わっても、私達ヘルパーは結局「他人」でしかありません。他人がいくら頑張ったところで、私達が関われるところは決まっているんですよ。家族がもし介護に熱心じゃなかったら、こんなに悲しい気持ちになるんだなと、その時初めて知ったんです。
―それで、菅原さんは仕事をお辞めになったんですか?
菅原さん:利用者のご家族のネグレクトと、利用者さんの死―。色んな現実がいっぺんに、こう、バーンと突きつけられて、「こんなにヘルパーって頼りにならない存在だったんだな」と思い知らされて、徐々に仕事に対する自信を失ってしまったんです。それで、一時期介護の仕事から離れていましたね。
―それだけ辛いのに、なぜ介護の仕事に復帰されたんですか?
菅原さん:やっぱり「人」が好きなんでしょうかねぇ(笑)。素敵なご家族と出会ったりしていく中で、失っていた自信を少しずつ取り戻していきました。そして、仕事を再開することにしたんです。でもね、色々な経験のおかげで鍛えられ、たくましくなりましたよ。
※ 1:ネグレクト(neglect)=もともとは「無視する・ないがしろにする」という意味の言葉で、主に子どもや乳幼児を心身の発達の妨げになるような環境に置いたり、長時間放置したりするような虐待行為のことを指します。弱者に対する行為を指すことから、寝たきりの高齢者の世話をしない、褥瘡(じょくそう)を放置しているなど、高齢者に対する介護放棄の場合にも使われています。
介護チームの最大の仕事は、高齢者と地域社会をつなぐこと

▲ご利用者のスケジュールを電話で確認。
―この仕事をしていて良かった、又は嬉しいと思う瞬間はどんなときですか?
菅原さん:利用者さんが元気になっていくことが、何よりも嬉しいですね。
これまで「介護」というチームと接点がなかったために、非常に狭い「在宅」という場所に閉じこもって生活していらっしゃった方も少なくありません。特に、高齢者の独居生活というのは本当に閉鎖的で、下手をすると孤独死してしまいます。
ところが、私達と関わったことをキッカケとして、看護士さんを呼んだり、ヘルパーさんを呼んだり、色んな人との接点が生まれてきます。すると、生活の場所の幅がどんどん広がって、利用者さんが生き生きしてくるんです。その世界が広がっていくと、最終的には散歩やデイサービスに出かけていくようになるんですね。そうして、みるみるうちに元気になっていく利用者さんたちの姿を見ると、関わることができて本当に良かったなって思います。
私たち介護チームの最大の仕事は、高齢者と地域社会をつなぐことだと思っています。それが実現して、利用者さんが笑顔を向けてくれたときは本当に嬉しいです。

▲利用者さんからの電話に、微笑みながら答える菅原さん。
―介護職というのは、誰かの人生に関わっていくお仕事ですよね。特に高齢者の介護となると、ターミナルケアを含めて、他の世代とは違った、別の意味を持った関わり方があるように思うのですが・・・。いかがでしょうか?
菅原さん:私達が関われるのは、利用者さんの人生のほんの一部分に過ぎません。高齢者の介護の場合、たまたま終末期に関わることになったというだけで、それ以上でもそれ以下でもありません。
しかし、私たち介護チームは、ややもすると必要以上に一生懸命に関わりすぎて、自分たちが関わったその部分だけを切り取って考えてしまいがちです。確かに、5年とか10年とかという時間を共に充実して過ごすわけですが、それはその方の人生の中で、たかだか最後のほうの数年に過ぎないんです。そのことを忘れてはいけないと思いますね。
病気になってしまった状態、認知症になってしまった状態、弱者になってしまった状態の利用者さんが全てではありません。利用者さんの後ろには、その方の生きてきた歴史がちゃんとあるんです。今になって思えば、ネグレクトを含め家族関係が悪いのも、きっとその人がそれまで歩んできた道の結果なんですよね。

▲事業所内の様子。
―確かにそうかもしれませんね。
菅原さん:そういった様々な事情を受け入れ、受け止めるには、あまり前のめりにならないで、一歩下がったところで客観的に見るようにする必要があるでしょうね。そうでないと、勘違いしたものになりかねない。そういうスタンスでいないと、自分が利用者さんの代わりにご家族と喧嘩をすることになるんですよ(笑)。
それに、「これだけしてあげたのにどうして」って気持ちになったりもするんですよ。でも、そんなことはおこがましい話だと、私は思います。

▲スタッフの皆さんで記念撮影。
―では、最後にもうひとつ質問をさせてください。
介護業界に入って色々な苦難を乗り越えてこられたわけですが、やっぱり現場が好きですか?
菅原さん:はい、もちろん!だから、外にばっかり出てしまいます。そのおかげで、書類がどんどん溜まってしまうんですけれどね(笑)。ですが、利用者さんのことをちゃんと把握するためにも、そして、私自身のモチベーションを上げるためにも、それが一番良いと思っています。
編集後記・・・
今回の取材は、利用者様にもご協力いただくことができました。
取材スタッフが向けるカメラに、「あら、お化粧でもすれば良かったかしら?」と仰っていたご利用者様の笑顔が今でも忘れられません。この場を借りて、取材にご協力いただきました利用者様と事業所の皆様に御礼申し上げます。
へるぱ!運営委員会 一同