(3) 釈尊との出会い、そして死を受け入れる。
―旅はどのくらい続いたのですか?
林さん:10年くらい続きましたね。アルバイトや非常勤で働きながら、貯めたお金で旅をする生活でした。
―10年の間、福祉の仕事に復帰することは考えなかったのでしょうか?
林さん:もう福祉業界に戻る気はありませんでした。自分の中で吹っ切ろうとしていましたから。旅をしている間は、福祉よりもむしろ仏教哲学に夢中でしたね。アジアの仏教国を何カ国も回っていましたし。私は、釈尊(しゃくそん)の追っかけをしていたんですよ。
▲ケアに向かう途中、すれ違ったヘルパーと連絡のやりとりを行う。
日本人は、どちらかというと無宗教を望みがちな国民性ですよね。私もその一人で、とくに宗教の勧誘とかは苦手でした。そこで勧誘を追い払うには敵を知るべきだと思い、宗教を勉強したくなったんです。実家にも普通に仏壇や位牌(いはい)はありますが、初めは勉強の仕方さえも分かりませんでした。そこで仏教の原点から本を読み始めたら、ハマってしまったんですね。
―仏教の考え方がヘルパーの仕事に通じるところもあるんですか?
林さん:お年寄りと触れる機会が多いだけに、少しはあるような気がしますね。物理的に考えると、高齢の利用者さんは私たちより早く死を迎えます。私たちはそれを見届けなくていけません。
そんな中で、死への恐怖を解決してくれたのが仏教だったんですよ。原始仏教の本を読んでいたら、どんな天才にも偉人にも死は訪れるものであって、逃れようとするから怖いんだと書いてありました。死というものから逃げるばかりではなく、向き合うことも大事。例えば足の痛みと付き合っていこうねとか、年をとるのはみんな一緒だから上手に受け入れていこうね、というのも同じ考え方です。
仏教が本当の解決になっているかは分かりませんが、知恵を身に付けるという意味では勉強して良かったと思います。
▲事業所のベランダは、林さんが育てている花たちで色鮮やかだ。
―具体的には、どんなところで仏教が役立っていますか?
林さん:そうですね。たとえば、突発的な事故が起こったときなど心の平静を保つために役立っているでしょうか。
私のようなコーディネーターの立場の人間は、緊急事態こそ最も冷静に行動するべきだと思います。そういう時は、自分や周りの状況を把握して何をするべきか落ち着いて考えればいいのですが、いざとなると難しい。ヘルパーが現場でうろたえながら事業所に電話をかけてくると、まずは落ち着かせるんです。「利用者さんはどうなの?」とか、「ご家族はいるの?」などと声をかけて、状況をゆっくり話してもらいます。
困難が起きた場合でも、お互いを補い合って最善の方法を導き出すことが大切な気がしますね。
(4) 理想の福祉の姿、いつまでも残したいですね。
▲下町の風情を感じる人力車は、当たり前のように町の中を走っている。
―墨田区には、今でも下町の風情が残っているんですよね。
林さん:はい。やっぱり下町は、ご近所のつながりが強いですね。それに昔から地元に住んでいる高齢者、特に独居で古い家屋に住んでいる方が結構いらっしゃいます。
―古い家屋に一人暮らしですか。
林さん:ええ。この辺の方は地元への愛着が強いせいか、皆さん住み慣れた家や地域に住んでいますね。あまりに家の老朽化が目立つときは、ご家族との同居など住み替えをお勧めしますが、離れたくないみたいですね。
―住み替えが必要な古い家とは?
林さん:戦後すぐに建てられたような家ですね。墨田区には、住宅の密集地や入り組んだ細い路地がまだまだ存在します。とりわけ老朽化が進んでいる家には、区のほうもヒヤヒヤしているみたいです。地震などの災害は突然やってきますし、倒壊したあとでは遅いですからね。
ただ最近はこの辺りもマンションが建ってきているせいか、若い世代が流入し始めています。地域的にも活性化が進んでいるので、これからは変わっていくのでしょう。
▲人がすれ違うのも困難なほど狭い裏路地。
―変化に伴って、下町の良さが減ることも考えられそうですね。
林さん:そうですね。町が変化すれば、ご近所付き合いも徐々になくなっていくかもしれません。でも独居の利用者さんにとって何よりも大切なのは、コミュニケーション。たとえ一言の挨拶だけでも、人と触れ合って繋がりの意識が持てれば良いと思うんです。
ケアに伺える時間が限られているこちらとしても、ご近所同士で声をかけ合っていただけると心強いですよね。利用者さんも安心できますし。だから横の繋がりがなくなることを想像すると、少し寂しい気がします。
▲墨田区の商店街では、立ち話する人の姿がちらほら見受けられる。
―林さんが見た、いちばん印象的なご近所づきあいは?
林さん:衣料品店を経営していたお宅のご近所付き合いには、下町の良さをしみじみ感じました。
私たちヘルパーは、そのお宅の奥様をケアするために訪問していました。奥様は、脳梗塞の後遺症で意識や反応がほとんどなく寝たきり。目は開いているけれど、食べ物を口から摂れず胃ろうで栄養を摂っている状態でした。ふだんの奥様の介護は、ご主人がお店を商いながら献身的に行っていましたね。
―ええ。
林さん:そんな奥様のところには、いつも来客があります。自営業だからかもしれませんが、ご近所の方が「お母さん、おはよう」ってしょっちゅう顔を見せに来きてくださるんです。天気の良い日に、ご主人が奥様を車椅子に乗せて商店街を歩いていると、お花屋さんが花を渡してくれ、すれ違う誰もが何気なく声をかけてくれます。
奥様に元気だった頃の面影はないのですが、ご近所の皆さんの接し方はとても自然でした。元気なときも車椅子になった後でも、そこには変わらない触れ合いがありました。これが本当に目指すべき介護の姿なんだろうなぁと思いましたね。
―目指すべき介護の姿、ですか。
林さん:ええ。今でも同じような光景を見るたびに、福祉ってこれだなと感じます。いつも当たり前のように心で接することができてこそ、福祉が充実している理想の社会かなと思いますね。
■編集後記
▲大道路沿いに咲いていた梅の花。
「パル墨田」の取材をしたのは、3月上旬の晴れた日でした。
下町の様子を取材していて目に止まったのは、自動車の通りが激しい歩道沿いに桃色の花を咲かせる植木。春を感じて思わず立ち止まっていると、「それね、梅の花なのよ。きれいねえ」と店先に出てきた中年女性が記者に声をかけてきました。
何の気なしに話しかけてくれたのでしょうが、下町の人情味を感じた出来事でした。
▲パル墨田のみなさん。
快く取材を受けてくださった林さんを初め、墨田区の歴史や現状について話を聞かせてくださった事業所の方々には、とても感謝しております。ありがとうございました。
「へるぱ!」運営委員会一同