常に謙虚に、誠意と敬意を込めた介護を
▲利用者さんのご自宅のドアを開ける河野さん
―こちらの事業所では、介護度の高い方が多いと聞きましたが?
河野さん:やはり病院との提携がありますから、介護度の高い方が多いですね。認知症が進んでいらっしゃる方も少なくないので、場合によっては利用者さんとコミュニケーションをとることすら難しいこともあります。
―重い認知症となると、大変そうですね。
河野さん:でも、一番大変なのは利用者ご本人とご家族ですよ。私たちは1日のうちの数時間を利用者さんと共有するだけですが、同居されているご家族は違います。認知症の症状にもよりますが、被害妄想なんかが出てきちゃうとやっぱり大変ですね。
―被害妄想ですか?
河野さん:被害妄想の場合、一番身近で、一番手をかけている人が攻撃対象になりやすいんですよ。だからご家族と同居されている場合は、そのご家族に矛先が向きやすい。そうなると、ご家族は感情的に耐えられなくなってしまう。病気だから仕方ないと分かっていても、辛くなってその場から逃げてしまいたくなってしまうんでしょうね。被害妄想だけでなく、徘徊癖がある利用者さんを抱えているご家族なども同じだと思います。
私たちは1日24時間あるなかの、ほんの1部しか利用者さんに接していません。だから、利用者さんの一部分しか理解できないんですよ。でも、24時間を共に過ごすご家族は全て見ているわけです。カーッとなって手を上げることだって分からなくありません。介護放棄をしてしまう気持ちも、虐待に至ってしまうのも、何となく分かる気がします。昔は「酷いよなぁ」って思っていましたが、こういう仕事に携わって初めて分かることもありますよ。
▲利用者さんと会話をする河野さん
―難しいですね。
河野さん:これは本当に難しい問題ですよ。でも、私たちは介護のプロですからね。ただ漠然と「認知症だから」と諦めたように考えてしまうのではなく、そういう症状がでる病気だと思って前向きにお世話をするようにしています。風邪を引くと熱が出て鼻水が出ますよね。それと同じで、認知症になると私たちの言う「普通」や「当たり前」が全て普通じゃなくなってしまうだけのことなんですよ。
認知症の利用者さんの気持ちや考えを否定することは簡単ですが、それはせずに共感するんです。色々言いたいことがあったとしても、私たちの正義を貫かない。「厄介だよな、イヤだよな」そう思っちゃいけないんですよ。すると、「この人は分かってくれる、話を聞いてくれる」と、利用者さんから信頼してもらえるようになります。こうして少しずつ信頼関係を築いていくしかありません。利用者さんの行動を認めて、否定せずに一緒に行動したり考えたりすると、利用者さんの気持ちも落ち着きますし、被害妄想も少しは和らぎます。
たとえおかしなことを言っていたとしても、どんな利用者さんの話も真剣に聞いていれば、その利用者さんの心の声が聞こえてきます。常に謙虚さを忘れず、利用者さんの心の声と向き合うんです。傍目には会話がちゃんと成り立っていなくても、心が通じ合えば分かり合えるものだと思います。これは仕事を通して利用者の方々に教わったことですね。
―謙虚さ、ですか。
河野さん:利用者さんたちは人生の大先輩ですからね。言葉遣いひとつにも気を遣いますよ。利用者さんからすれば、まだまだ私たちは「ひよっこ」なんです。そんな「ひよっこ」に言動を否定されたり、生意気なことを言われたりしたら誰だって怒るし嫌でしょう?これは当たり前のことですよね。
だから私は、利用者さんが認知症であろうがなかろうが、敬意と誠意をもって生活支援をさせていただくように心がけています。これもごく当たり前のことだと思いますよ。