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働きやすい介護事業所をめざして!

第13回 介護離職ゼロにむけて       2020/5/19

 今回のコラムは「介護離職」について触れてみたいと思います。「介護離職」といっても、介護職員の離職の話ではありません。親族の介護・看護のために自らの職を辞めてしまうことです。介護職員の離職の話ではないと言っても、介護事業所の従業員が親の介護のために離職してしまうという可能性も十分有り得える話です。今回のコラムは介護事業所の労務管理とは少し離れてしまいますが、経営者層・管理者層としては従業員への適切な対応が求められ、今後は避けて通ることの出来ないテーマになってくると思います。

 5年に1度行われる厚生労働省の平成29年就業構造基本調査によると、過去1年間に前職を離職した方のうち、「介護・看護のため」に離職した方の数は約9万9千人、平成24年の就業構造基本調査の結果(約10万1千人)に比べると若干改善傾向が見られるものの、依然として10万人前後の労働者が離職している現状があります。2025 年には団塊の世代が 75 歳以上となり、75 歳以上の人口及び総人口に占める人口比は 2040 年以降まで増加を続けることが見込まれ、より一層親族の「介護・看護のため」に職を辞さなければならない従業員が増えていくものと予想されております。

 「介護・看護のため」の離職(以下、介護離職)については、非常にネガティブな状況しか見えてきません。まず従業員側から見れば、生活の糧である「職」を失うことで経済的なダメージは非常に大きいことでしょう。介護し続ける状況が改善されない限り、再就職できる可能性も低いと思われます。一方、企業側から見ても介護離職をする従業員の多くが40歳代から50歳代の企業にとって中核をなすべく世代が退職してしまう訳であり、大変な戦力ダウンに至る可能性もあります。国から見ても約10万人が失業をすれば、所得税・住民税・社会保険料などの収入が減ることが予想され、財源の面に照らしても痛手ではないかと考えられます。

 では、介護離職を回避するためにはどのような対策が考えられるでしょうか。

 まず、国が整備する制度面では、「介護保険制度」「育児・介護休業法」「雇用保険法 介護休業給付金」があります。今回のコラムではそれぞれの制度について詳しくは述べませんが、この3つの制度を最大限駆使して乗り切ることは絶対条件だと思います。

 まず、国が整備する制度面では、「介護保険制度」「育児・介護休業法」「雇用保険法 介護休業給付金」があります。今回のコラムではそれぞれの制度について詳しくは述べませんが、この3つの制度を最大限駆使して乗り切ることは絶対条件だと思います。

 国の制度を活用することは当然として、それ以外に従業員側で他に注意する点はどのようなことでしょうか。

 厚生労働省が企業向けに作成した社内研修用「仕事と介護両立セミナー」テキストには、仕事と介護の両立のためのポイントとして、

  1. 「職場に家族等の介護を行っていることを伝え、必要に応じて、仕事と介護の両立支援制度を利用する。」
  2. 「ケアマネジャーを信頼し何でも相談する。」
  3. 「日ごろから家族や要介護者宅の近所の方々と良好な関係を築く」
  4. 「介護を深刻に捉えすぎずに、自分の時間を確保する」
  5. 「ひとりで抱え込まないことが大事」などのアドバイスも記載されています。

 一方、会社側としては、以下のような取り組みも重要ではないでしょうか。

  1. ① 従業員が家族介護について相談しやすい窓口を設置する
     親族に介護が必要になった初期は、介護にまつわる様々な状況に従業員自身も動揺したり不安に思ったりして揺れ動く時期になります。その状況を正直に打ち明け、介護と仕事の両立で生じた問題を素直に話せる相手や環境を整えておくことは重要だと思います。従業員が家庭の事情を上司に相談しやすい風土が根づいていない場合、職場に迷惑をかけるという後ろめたさから、相談すること自体を従業員が躊躇する可能性があります。大和総研の2013年の調査によると、介護離職に至った理由として、「自分の仕事を代わってくれる人がいないため(20.8%)」や「介護休業制度を利用しにくい雰囲気があるため(18.0%)」という回答もあり、経営層や管理職は介護休業に向けての風土づくりも求められます。相談しやすい雰囲気をつくるためにも、「介護はすべての人に起こり得るものである。」ということへの理解と、「お互いさま意識」を職場全体に浸透させることが大変重要なのではないでしょうか。
  2. ② 介護休業や介護休暇などの社内制度を説明し、積極的利用を呼びかける
     会社として積極的に両立支援制度を周知することで従業員側に会社の「介護離職防止への取組み」が伝わり、安心と信頼を育むことができます。大和総研の2013年の調査によると、介護離職に至った理由として、「介護休業制度がないため(45.7%)」が最も多い結果となっています。法定の介護休業制度が無いこと自体が有り得ないのですが、従業員側への周知がまだまだ足りないということを物語っているのかもしれません。「従業員が制度を知らないがゆえに、退職してしまう」という不本意な事態を防ぐためにも、従業員に対して、仕事と介護の両立支援に関する会社側の方針とともに、仕事と介護の両立支援制度の存在の周知を徹底する必要があります。
  3. ③ 働き方そのものも重要になってくる。
     仕事と介護を両立するための方策は、必ずしも介護休業や介護休暇の取得に限りません。制度を利用せずとも、働き方自体を工夫することで仕事と介護を両立している事例も数多くあります。
     介護事業所・施設からの呼び出しなどで、急な対応が必要となることもあるでしょう。基本的には、「残業が当たり前の働き方を見直す」「周囲の従業員が、急に早退や欠勤した人の仕事をサポートできる体制を整えておく」など、日頃の職場全体の働き方や仕事配分の工夫ができていれば、このような呼び出しなど介護中の従業員の急な退社や欠勤にも対応できることが出来、仕事と介護を両立できる可能性が高まります。
     また、あらかじめ各従業員が担当する仕事や仕事の進め方を「見える化」しておくことで、職場のメンバーが突然休んだ際にも速やかに仕事を引継ぎ、トラブルを防止することが可能になります。常に誰が見ても分かるような資料等の整理や計画的・効率的な業務遂行(業務の棚卸し、業務の優先順位の設定、各業務に必要な時間の想定、退社時間の目標設定)等にも取り組む必要があるのではないでしょうか。

 その他の効果的な取り組みとしては、介護休業期間中も適宜、業務の進捗状況を報告したり資料を送付したり、復職の相談を受け付けたりといった職場からのバックアップ体制があることも、休業中の従業員の不安軽減や離職の防止につながるかもしれません。安心して仕事と介護の両立に向けた準備に集中してもらうようなフォロー体制も必要だと思います。

 介護離職の問題は、いわゆる団塊の世代(1940 年代後半に出生)が 75 歳以上の後期高齢者となる 2025 年までの問題ではなく、2025 年から本格化する問題であるということをしっかりと認識する必要があります。これからの大介護時代を見据えて、官・労・使で知恵を出し合い、「介護離職ゼロ」社会構築に向けて、しっかりと対応していかなければならないでしょう。そして、我々介護事業者こそがこの「介護離職ゼロ」社会の担い手であるという自負を持ち、「介護離職ゼロ」社会構築という切り口から企業の総務課などへ直接営業を行ってみるのもご利用者獲得への一つの方法かもしれません。

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コラムニスト紹介

吉澤 努

よしざわ社労士・社会福祉士事務所、特定社会保険労務士

プロフィール

社会保険労務士として独立するまでに、介護老人保健施設、通所リハビリ、訪問介護、訪問看護、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター等を経営する医療法人に約12年在籍し、法人全体の人事・労務管理に携わる。

平成26年に現事務所を開業。現場を直接見てきたという経験に、労働法・社会保険制度・助成金制度の専門家である社会保険労務士という法的な観点をミックスさせた「実践型介護特化社会保険労務士」として活動中。

<保有資格等>
特定社会保険労務士/社会福祉士/第1種衛生管理者/八王子市社会福祉審議会 高齢者福祉分科会委員/東京都介護労働安定センター 雇用管理アドバイザー/医療福祉接遇マナーインストラクター

著書・出版

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