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気になる!介護の問題

第13回 制度の進め方に大きな差がある

今年の春、デンマークのネストヴェ市で開催された研修に参加した。

まずはネストヴェ市の行政説明で概略をレクチャーしてもらった後、訪問介護を含むセンターに伺った。4つの福祉地区のうちの1つ、とのことだった。「デンマークの国も高齢化が進み、元気な高齢者の育成が課題となっています」というお話から講義が始まった。だが、具体的な内容になるに従って、日本の現実が走馬灯のように浮かび、だんだんと自分が不機嫌になり、元気もなくなっていくのを感じた。

ネストヴェ市は、今までやってきた施策をそのまま続けていくことは、サービス内容を改善する必要性や予算の都合で不可能とわかったため、制度を切り替えた。ただし、高齢者が思うようなサービスをそのまま提供することはできなくなる。そのため、判定委員会を設置し、希望が出たら訪問して専門家が判断することにした。それはサービスを長期的に続けるということではなく、短期で終了するため。まずはトレーニングとの考え方で、1週間目はP.Tから始まり7週間目にはO.Tが対応するという、全8週間の集中トレーニングプログラムを実施。訪問した方の50%が短期集中プログラムを受け、その内の75%が、『自分ではムリだと思っていたことができるようになった』との実感を得られた、という結果がでたという。15年ほどかかって、ようやく双方が満足を得られるようになり、価値観が変わってきたと認識している。

日本も同じように制度を切り替えようとしているが、進め方に違いがある。ネストヴェ市では現実を直視し、その上で対策を重ね、調査し分析している。できなくなったら即やってもらう、という従来の考え方がまだ根強いので、今なお徹底した対話を行っている。24時間の介護、看護が必要な人にはぜひ判定・判断を受け入れてもらいたいが、ほとんどの人は「長く住んでいたところに住みたい」と思っていることが現実であるため、その誤解をなくし、適確な判断を持ってもらうため、日曜日の一番いい時間帯に全国組織で取組みについてドラマを流そうかと検討中だそうだ。

これはヘルパー教育と資格についても同様である。今1年7ヶ月の教育でなれる「ヘルスケア・ヘルパー」を合計3年3ヶ月の教育が必要な「ヘルスケア・アシスタント」に切り替えようとしている。それは非常に複雑な課題をかかえた高齢者が増えており、アシスタントが求められ、ヘルパーの存在が今後縮小していくと見込まれるためで、そのための長期休暇・通学中の学費無料・生活費支給などの支援も充実、また実行に移している。

これに対して日本の改革の進め方は、まるで制度を変えたらドミノ倒しのように現実が変わると思っているかのようである。各々の暮らし方や考え方の変更を伴うような制度であれば、暮らし方や価値観が変わるような仕掛けがなければならない。ネストヴェ市での「8週間の集中トレーニングプログラム」の効果は大きい。価値観とはお説教で変わるものではない。自分自身の体験や実感を伴って初めて変わるのだ。それがなければ制度が現実に引っ張られ、変質化してしまう可能性が大きくなってしまう。日本の混乱はその辺にあるのではないか。目標と現実の「剥離」をそのままにし、現実に引っ張られ、目標を「絵に描いた餅」扱いにしているのではないかと考えられる。誰も本気になって「元気高齢者の育成」を考えていないのではないかと思う時もある。

日本の制度を現実化するには「どうしたらいいか」という答えがみつからないことが、自分の不機嫌の原因かも知れない。でも「気づかせてもらった」ことに感謝するところから出発しなければ、先へ進めないと今は気をとり直してもいる。

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コラムニスト紹介

田中 典子

NPO法人東京ケアネットワーク・けあねっと研修室長。
介護福祉士、介護支援専門員指導者、介護技術講習会主任指導者。

プロフィール

1970年から2000年まで約30年間、東京都葛飾区役所にてホームヘルパー職として勤務。

2000年 退職後『ohashi式』発案者の故大橋佳子氏と「NPO法人東京ケアネットワーク」設立に参加し、理事として介護相談および研修事業に携わる。

ヘルパー研修の他、訪問介護計画書の作成演習など多数の研修講師を担当し、ヘルパー業務支援の為の研修にも携わる。

田中典子先生は平成28年7月12日、享年77歳にてご逝去されました。
心より哀悼の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。

著書・出版

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