へるぱ!

もっと!プロの介護術

第7回 各国の国家戦略からみる認知症

 知人から、都内で「認知症国家戦略に関する国際シンポジウム」があるが参加しないか、という連絡をもらいました。シンポジウムにはイギリス、フランス、デンマーク、オランダ、オーストラリアの国家戦略担当者が参加し、『認知症の出現率は、日本と同様にどの国も65歳以上の高齢者の場合、10~11人に1人くらいである』との発表がありました。(すでに報告されている資料の多くは、認知症の出現率は85歳以上で4人に1人とあります。これは皆さん、ご存じのことと思います。最近、ある勉強会では、90歳以上になると5人に3人が認知症状を示しているのではないかと、発言していた医療関係者もいました。)

 オーストラリアの担当者は、以前は政府としてお金を出す先はナーシングホームだったが、今は自宅で暮らすことに提供されるようになってきていると述べていました。また、認知症の人の混乱を防ぐのは優しい環境づくりであり、認知症の人たちに優しく接するためのWEBサイトも立ち上げたと話されていました。拘束の廃止、向精神薬は施設の中でも最小限にする方向であるとも。6か国の代表は異口同音、在宅での暮らしを国の戦略として進めていくと話していました。

 オーストラリアといえば、「私は誰になっていくの」の著書で知られるクリスティーン・ボーデンさんの国であり、クリスティーンさんは「自分はこうしてほしい」と自らの声で世界国中に訴えた方です。日本で初めて行われた国際アルツハイマー病協会 第20回国際会議in京都でも、クリスティーンさんは自分の気持ちや今の症状、家族への思いなどを語り、様々なメッセージを発信されていました。特に強調していたのは、私の話に耳を傾けて、私があなたの話を理解できているかを確認しながら、話を進めてほしいということなどです。クリスティーンさんは昨年秋にもご主人と共に来日し、自分の近況について話をされていました。

 超高齢社会と言われる通り、知人の運営するグループホームでは、入居者の年齢は100歳を超えている人も数人。90歳代がそのほとんどだといます。暮らしの場の環境と、そこで関わる職員のケアの高さが、影響しているものと思われます。「食事に1時間近くかかるお年寄りが何人もいて、運営がとても大変になってきている」と述べていました。

 私自身も認知症の人のデイサービスを開設し、ご家族の声を聴いて取り組んだ小規模多機能型居宅介護に移行し、もうすぐ10年目を迎えます。最近はいずれ自分もという境地であり、目線はどんな時も同じであることが必要だと感じています。職員は丁寧な、その人に合ったケアを目指しています。8年、9年と関わり続けているご利用者さんが何人も。小規模多機能型居宅介護で求められることは、ご利用者さんの自宅での暮らしを支えていくことでにあります。これまで生活し続けてきた自分の家、地域、そこで暮らし続けることができるように、ご本人とご家族を支え続けることが大切です。

 3年前、オランダで新しい在宅ケアを手掛け、今ではオランダで最も大きな組織に成長した会社の代表が『ひつじ雲』に見えました。代表は小さな一軒家での実践の話をよーく聞いてくれました。そして、夜の在宅への訪問を楽しみに同行してくれました。川崎の駅前のマンションに住むA氏宅。介護者の奥様は大きな花瓶に真っ赤なチューリップをたっぷり入れて迎えてくれ、代表と同行してきた介護職員さん共々大変喜んでいたことを思い出します。大柄なご主人A氏と小柄な奥様の2人暮らし。『ひつじ雲』への通いと1日5回の訪問で、自宅での暮らしが続けられています。日々の訪問の目的は、自宅でベッド上にいるA氏を起こしてトイレへ移動し、便器に座って排泄してもらうこと。そして、その間に奥様の話をよく聞くことです。会話の時間を奥様はとても楽しみにしているのです。要介護5でもトイレへ移動して排泄が可能で、4年経っても身体的にも、心理的にもほとんど変化はありません。訪問リハビリテーションを2週に1度利用し、介護職員も同じケアができるように伝達、そのようにしてA氏に関わりながら、普通の暮らしを支えています。

 法人設立時に描いていたことが、各国の戦略として行われていることが驚きでした。最終的な選択として、過去の取り組みを反省し、地域・在宅での暮らしを支えようとしているのです。それでも、日本型というのか、私はご家族をも支えることが在宅支援のキーワードだと思っているので、昨年秋から、小規模多機能型居宅介護へ前向きに取り組んでいる法人へ訪問し、職員さんの話を伺ったり、その介護サービスを利用しているご家族の話を聞かせてもらっています。
 面白いと思ったこと、自信を持てたことには、介護職員さんの多くがこうしたら〇〇さんはもっと暮らしやすいのでは?と考える土台が少しずつ整いはじめ、考えられる職員が徐々に育ってきていることです。まだ不十分ながら、家族を支えるための家族会や個別相談、訪問して話を聞かせてもらうなどを実践しているとのことでした。まだまだ実践例は少ないですが、小規模多機能型の施設側とご家族、医療者との連携で、自宅で最期を迎えられるようにもなってきています。

 昭和30年台は自宅で亡くなる割合が8割以上だったのが、世の中の変革など様々な要因で、現在では8割以上の方が病院などで亡くなっています。日頃から家族との十分な会話、家族の不安の解消の取り組みをすることによって、徐々に自宅で最期を迎えさせたいと思う家族が増えてくるのかもしれません。

 これからの時代、認知症当事者が思いを語る時代になるでしょう。一人暮らしの方もいますが、それでも、多くの方が自宅で、地域で暮らし続けたいと明確に発言する日も近いような気がします。

【平成19年度厚生労働白書 医療機関における死亡割合の年次推移】

医療機関における死亡割合の年次推移

一覧へ戻る

コラムニスト紹介

柴田 範子

NPO法人「楽」理事長

プロフィール

1987年川崎市においてホームヘルパーとして勤務。

1999年4月上智社会福祉専門学校の講師として教壇に立つ。

2004年 その傍ら、NPO法人「楽」を設立し、2005年4月より現職。

NPO法人「楽」は川崎市内を中心に福祉・介護にかかわる事業、研修、研究、相談事業等を行っており、認知症デイサービスセンター「ひつじ雲」を川崎市幸区に開設。 2006年5月に新制度の「小規模多機能型居宅介護」へ形を変え、それと同時に新たに「認知症対応型通所介護」(デイサービスセンターくじら雲)を同じ幸区内に開所している。
くじら雲では若年認知症ケアにも取り組んでいる。

神奈川県社会福祉審議会委員や介護福祉士国家試験委員、現在進められている介護福祉士養成課程における教育内容見直しの作業チームの一員として、介護の質を高めたいと言う願いを持って参画している。

著書・出版

トップページへ