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介護を受けるプロ

第24回 ヘルパー学校に行きたい       2016/8/8

 私のヘルパーは資格を持たずに来る人もいる。私のケアは口で事細かく伝えるからだ。でも言葉だけでは限界を感じるときもある。

 ヘルパー学校の教科書には障がい者のケアについてあまり詳しく書かれていない。それは、障がい者は自己決定、自己責任で生きている部分もあるからだ。ちょっと転んでけがをしても、すべてヘルパーさんの責任になってしまいがちだが、それは間違っている。本人の教え方が少し間違っていたり、本人が力を抜いて、全く別のことを考えているときもあるからだ。

 ヘルパー学校は行かなくてもよいのではないか、と考えるときもある。なかには、私のヘルパーになってから学校に通う人もいて、「ヘルパー学校はお説教を聞いている気分になる」と言った若い人もいた。しかしその彼女は学校を卒業すると、私を抱えるときに「よいしょ、足をあげてくださいね」と言うようになった。学校で習ってきたためかは分からないが、「かけ声をかけるのはいいね。私もどこで力を入れたらいいか分かりやすくなったよ。やっぱり色んなところに行って、ケアを学ぶことが大切だね」と私は伝えた。すると彼女はにっこりほほ笑んだ。

 学校で学ぶことは退屈な時間もあり、ケアには関係がないのではないかという反発を感じるときもあるだろう。しかし正しいことも、間違ったことも、学ぶことが大切ではなかろうか。その中で自分が納得したことを使っていけばよいのである。頭で考え、その命令が手足や腰にいく。そしてケアが成り立つ。私も本当はヘルパー学校に行きたい。どんなことを教えているのか、全て学んでみたいのである。

 たまに、色々な学校から呼ばれて1、2時間講義をしているが、全てを把握することはできない。ヘルパー学校に行き、何がメリットで、何がデメリットなのか、ケアを受ける立場から考えてみたい。

 今はテレビを観ても何も響くものがない。夜、ヘルパーさんに本を読んでもらうようになった。やはり本の言葉は深い意味があると感じている。人間、息を引き取るまで生きる勉強だと思う。

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コラムニスト紹介

小山内 美智子

障害者自立生活センター 札幌いちご会 理事長
前社会福祉法人アンビシャス施設長

プロフィール

1953年生まれ。
障害者自立生活センター 札幌いちご会 理事長。前社会福祉法人アンビシャス施設長。
自身、脳性麻痺で「ケアを受けるプロ」を自認。

2008年 悪性リンパ腫を発病したが、半年の闘病生活を経て、社会復帰を果たす。
北海道大学医学部作業療法学科で教鞭をとるなど、介護教育に力を入れている。

また、著書『わたし、生きるからね』(岩波書店)などほか多数あり。

著書・出版

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