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介護から学んだこと

第11回 在宅で暮らすこと       2015/4/7

 川崎百合さん(86歳、仮名・女性)は、40年前に夫が他界、その後独り暮らしの方です。子どもはいません。住まいは集合住宅の1階で、5年前に大腿部骨折、膝関節症、高血圧症で訪問介護サービスを週2回、デイサービスを週2回利用しています。訪問介護の援助内容は掃除、買い物、調理です。

 ある時、川崎さんは体調を崩し、デイサービスを休みました。家で寝ていたものの、訪れる人もいなく、買い物や調理が滞り、お菓子を食べて過ごしたそうです。その際、このままで大丈夫なのだろうかと今の生活に不安を感じ、施設に入所したほうがよいのではと、体調の回復と同時に、施設見学へ頻繁に行くようになりました。

 ある日、訪問すると、パンフレットをあれこれ眺めては、ため息をついています。「どうかされましたか?」と私。「このまま家で暮らすのはもう無理みたいなので、施設に入ろうと思うの。でもね、なかなか決心がつかなくて。ここで暮らしたいけど、どうしたらいいかしら」と川崎さん。「急いで決めなくてもよいのではないですか?何が心配なのですか」と私がお話すると、しばらく沈黙が続いて「長生きするのも大変なのよ…」とポツリ。「ケアマネさんにも相談してみたらどうでしょう?」と私がお声がけすると、「そうね、でも自分のことだから…」と川崎さんはおっしゃいます。最後の言葉は語尾が小さな声で聞き取りにくく、私も聞き返さずに、気持ちだけ受け取りました。

 それから1ヵ月後、訪問すると、川崎さんは掃除をしていました。「足の具合は大丈夫ですか?」「良いとはいえないけど、使わないともっと悪くなってしまうから。少しずつやれることをやって、この家で暮らせるだけ頑張ろうと思うの。だからよろしくね」と晴れ晴れとした表情でおっしゃいました。いろいろ葛藤があったのでしょうが、ヘルパーと一緒に掃除や調理をすることで、徐々に自分で工夫をしながら家事をすることが多くなりました。また、転ばないようにゆっくり足を上げ、一歩一歩踏みしめるように歩き、買い物も忘れないようにメモをとる、献立も自分で立て、健康に気をつけるようになりました。見守りが必要ですが、着実にできることが増え、歩行もゆっくりながら足元のふらつきが少なくなりました。ほんの少し手を貸し、見守りをすることが今の川崎さんには必要なのです。ですが、時間内では終わらないのもまた事実です。

 安心・安全を守るには、川崎さんのペースに合わせることが最重要です。様子を見ながら徐々にできることを増やしていき、自信が持てるような声かけも必要です。前進することばかりではありません。時には後退や、やる気が萎えてしまうことも。それでも川崎さんの「この家で暮らす」ことを大切にしていきたいと思います。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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