へるぱ!

介護から学んだこと

第10回 清潔で安全な環境づくりの手段

 上原一郎さん(83歳、仮名・男性)は、妻のかよさん(82歳、仮名・女性)と二人暮らしです。かよさんには認知症があり、生活全般に見守りや声かけが必要です。子どもはいません。一郎さんは加齢に伴う筋力低下があり、歩行は手すりにつかまり、移乗はテーブルやベッドに手をついてゆっくり行います。夫婦は週2回のデイサービス、週7回の訪問介護サービスを利用しています。

 かよさんは、新聞を見ると広げたまま、チラシを眺めてもそのまま。お菓子の袋や衣類、ティッシュペーパー、使った器などもすべて同様で、家の中には色々なものが床やテーブルに置かれています。これではつまずいたり滑ったり危険がいっぱい。毎日片づけても、すぐ散乱してしまいます。 物をしまう場所を決めても、かよさんが自分勝手にしまってしまうので、探すのにひと苦労します。衣類を出し入れする行為が見られますが、片づけをしているようにも思えます。

 「きれいにたためましたね」「整理整頓しているのですか?」と声をかけると笑顔が返ってきます。逆に一郎さんが、「勝手にしまうなよ、分からなくなっちゃうから」と言うと、家の中を歩きまわり出し、床に散乱しているものにつまずいたり、転びそうになって落ち着きがなくなってしまいます。 一郎さんの「家の中がゴミ箱みたいだ」「危なくて歩けない」という言葉から、言い合いが始まることもしばしば。そのため、二人が転んで骨折をしないよう、床に置いてある物を整理整頓し、必要に応じて取り出せるようするのですが、歩行がしっかりしているかよさんなので、片づけるそばから新聞を広げたり、衣類を出したり。

 “掃除”とひとくくりに言いますが、その目的はきれいにすることではなく、利用者の生活の基本である、「清潔な環境をつくること」だと私は考えます。必要な物品の出し入れができるように整理整頓すること。室内の動線が安全で、つまずいたりしないようにすること。つまり手段であって、利用者の生活に合わせた環境づくりともいえます。安全に動けること、動くことが、筋力の低下を予防し、自分の意思で生活を切り回せる環境をつくるのです。ひいては利用者の生活様式を十分理解して、個別性の高い生活環境をつくることにもつながります。個々の状況や状態に合わせて、自立を損なわず、リスクを考えて行うもので、配慮点も各々にさまざまですが、それを文章化するのはなかなか難しいですね。掃除の本当の意味がなかなか伝わらなく、もどかしさもいっぱいです。でも掃除は、「安心・安全に暮らすことを支援する」ことなのだと思います。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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