へるぱ!

介護から学んだこと

第9回 サービスは生活全体!

 大野千代さん(84歳・仮名)は一人暮らしの女性です。膝関節症で下肢筋力が低下し、歩行・移動に介助が必要で、家の中は這って移動します。長女夫婦が近くに住んでおり、土・日は手伝いに訪れ、また訪問介護サービスの利用は、週3回、調理・洗濯・デイサービスを週2回利用しています。

 大野さんは小物づくりが好きで、いつもテーブルに布を広げ、裁縫をしています。小柄で痩せているので、着るものは自分の体形に合わせて手直しをしてから着ています。余った布をポケットにしたり、飾り物にしたり、センスよく活用。さらに、着物を洋服に直すこともよくあります。手縫いで器用に工夫しながらアイディアも豊富。いつも出来上がりに感心させられます。針に糸を通すのを時々手伝うのですが、自分でもします。一心に縫い物をしている時は、背筋もピンとしていて年齢を感じさせませんし、充実しているご様子。きりのいいところで話しかけたりもしますが、夢中になると、声をかけるのを控えてしまいます。

 今日も大野さんは集中して縫い物をしていました。調理が仕上がり、食事の準備が出来たので、冷めないうちに食べていただきたいと思うも、声をかけにくい感じでした。しかし、時間の都合もあるため、申し訳なく思いながら「そろそろお食事はいかがでしょうか?」とお声がけしました。すると、「あら! もうそんな時間、でも手が離せないわ。この感覚が違ってしまうと仕上がりがうまくいかないのよ、どうしましょ! 困ったわ! 悪いけどご飯はあとでいいわ!」と大野さん。そう言われても、調理・配膳・片付けまでがサービス内容です。配膳をしたまま終了するわけにはいきません。

 いくらご利用者主体といっても、食器を台所へ運ぶことは難しく、何とかしなければ時間がなくなります。また、次のご利用者宅に行かなければ、と焦りも出てきます。そこで、おかずをご飯の中に入れ、手まりのように握り、他のおかずはフォークでさして食べられるようにしました。テーブル横に移動できる台車にランチョンマットを敷き、ピクニック風にして持っていくと「あら! これなら、やりながら食べられるわね、お行儀が悪いけれど今日はいいわよね」と言いながら「やっぱりお腹はすいているのね」と食べていらっしゃいました。

 訪問介護サービスは本来、ご利用者主体の生活を支援することを目的に、調理や片付けを主としています。でも、もっとご利用者の生活全体を考えて、状況に応じた対応や生活リズムに合わせた支援が出来なければ、ただ形だけのサービスになってしまう、真のサービスにはならないなあ、と反省したのです。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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