へるぱ!

介護から学んだこと

第7回 その人の気持ちが安全より優先?

 青山テルさん(92歳、仮名・女性)は一人暮らしです。2人の子どもがいますが他県に住んでいます。青山さんは住み慣れたこの家に住み続けたいと思って、70年も住んでいます。結婚して子育てをした家に愛着を持っているのと、自分の体に浸み込んだ動きや空気がそこには存在します。加齢とともに身体機能が低下して、歩行が難しくなり、手すりや壁を伝って何とか移動できる状況です。足元のふらつきも時々あるため、ゆっくりの歩行です。

 青山さんは、訪問介護サービスを週に3回利用しています。買い物、掃除、洗濯、入浴の見守りが、主なサービス内容です。子どもたちは気にして月に1~2回は交代で訪れ、買い物などをしてくれます。ですが、青山さんは「せっかく来てくれているのだから、つき合わないと悪いからね」と、あまり喜んでいません。自分のペースで過ごしたいようです。テレビも番組表を見ながら印をつけて、時間を見計らって観ています。新聞もよく読んでおり、字を書かないと忘れてしまうからと、日記や家計簿をつけています。しかし、下肢筋力は弱ってきているのが明らか。お風呂は大好きで、毎日でも入りたいと言っていますが、何かあったら困るから…と訪問介護サービスを利用する日だけにしています。自分でお湯を沸かして着替えも準備。訪問すると「これからお風呂に入りますね」と言いながら、椅子から立ち上がり、テーブルを伝ってゆっくりと手すりをつかまりながらお風呂に向かいます。ふらつきがあるときは、浴室まで付き添うのですが「自分でできるから」と付き添うのをとても嫌がります。でも倒れたら、けがだけでなく骨折で寝たきりになる恐れがあるので、安全を考えると、見守りだけでなく支えるのを手助けしてしまうこともあります。

 そんなある日、「あなたたちの気持ちはとっても有り難いのですが、私は自分のことは自分でしたいの。転んでしまうこともあるけど、それはそれまで……。」と青山さん。 そうは言うものの、この歳で転んだら、と安全を守る気持ちをつい優先してしまうのですが、「せっかく気持ちよくお風呂に入っていても、あなたたちの手を借りて入っているのかと思うと、入らないほうがいいのかな、それとも、ヘルパーさんが来ない日に入ろうかなとさえ思ってしまう。」と言うのです。「転ぶことを恐れていたら何もできない、誰だって危険はいっぱいあるのよ、私の好きにさせて。」と。

 安全を優先させるよりも、その人の生き方や考え方を優先させることの方が、その人らしい生活を支援することなのではないか、と迷うことしきり…。どのように考えればいいのかしら。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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