へるぱ!

介護から学んだこと

第44回 その人の思いやしたいことを奪わない      2025/08/19

 金森雅子さん(仮名、75歳、女性、要支援2)は一人暮らしです。市内に長女が住んでいて週1~2回勤め帰りに立ち寄ります。リウマチ性多発筋痛症で、首や肩、太もも等にこわばりや痛みがあり、時々微熱があって横になっていることも。デイケアに週2回半日、訪問介護サービスは週2回で調理や入浴の見守り、掃除となります。住まいは集合住宅の1階で、友人が買い物やごみ出しなどを手伝ってくれます。趣味は俳句で週1回、デイケア(午前)に行く日の午後に、俳句の同好会に参加しています。お風呂好きで、その日の体調により自分で準備して入浴します。

 

 先日訪問すると、入浴の準備はできていましたが、「太ももの痛みがあり足がつりそうなの、お風呂に入りたいけど迷っているの」とのこと。「無理なさらずに」と言って、状態を観察しながら、「本日は何を作りましょうか」と聞くと、「寒くなってきたから鍋物にしようかしら」と。すでに材料が調理台に出してありました。金森さんは痛みがあるのか背中を丸くして、太ももをさすり目を閉じています。そっと様子を見ながら、野菜を洗い、鍋物の準備をしていたら「娘が生鮭とカキを冷蔵庫に入れていったの」と声をかけてきました。

 

 少し経つと「痛みが和らいできたわ、お風呂に入ろうかなあ、やめようかなあ」しばらくして「やっぱり入るわ」と風呂場に歩いていきます。歩調はしっかりしていました。浴室に入るとき「ときどき声かけてね」と言われたので、「わかりました」と答えます。心の中では大丈夫かな、今日はやめたほうがいいのにと思います。金森さんの気持ちを大切にすることが一番ですが、先ほどの状態を考えると悩みます。安全を優先したいなと思いながら、浴室の音や気配を気にして調理していると、「ちょっと来て」と声がかかりました。ドキドキしながら浴室に行くと、「足が上がらないの」と浴槽から出ようとするところでした。

 

 「ゆっくり手すりにつかまってください。お辞儀をするように頭を下げて立ち上がってください」「はい大丈夫。さっきは頭が後ろに行って重心が崩れたんですね」と声をかけながらゆっくり動いてもらいます。「よかった、足がつりそうになったので慌ててしまったの」と金森さん。浴槽の中で立ち上がりが不安定になって、片足が上がらずふらついて転びそうになったと説明してくれました。

 

 「家でお風呂に入るのが一番の楽しみなの、鍋物を堪能して、良い句を詠もうかな」と笑顔が返ってきました。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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