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介護から学んだこと

第38回 家にいてはだめなの?      2022/07/29

 山崎夏子さん(80歳、仮名、女性)は要介護1で長男と2人暮らしです。子どもは3人います。認知症があり、生活全般に援助が必要です。長男は朝早く出勤し帰りは遅く、出張のときはショートステイを利用しています。次男の妻が月に数回来訪して掃除や買い物をしています。長女は遠方に住んでおり、年に数回の来訪ですが電話は頻繁にかけてきます。子どもたちの関係は良く、互いに連絡し合い協力的です。住まいは戸建てで近隣とはあいさつ程度。訪問介護は調理を週3回、一緒に行います。デイサービスは週3回利用しています。

 山崎さんは、おしゃれだったのに、最近季節に合った服装が選べなくなりました。調理のとき、「今日は何を作りましょうか」と聞いても答えは返ってきませんので、冷蔵庫の中を確認しながら、簡単な料理にしています。一つひとつ声をかけながら進めていますが、かなり時間がかかり楽しそうではありませんし、表情も乏しく、手が止まることが多くなってきました。このまま続けることが山崎さんにとってよいのか悩みながら、できるところを探してやっています。歩行や移動はできますがトイレの失敗が多くなり、濡れたままの紙パンツを着用していて尿臭がします。訪問時はトイレ誘導や着替えを一緒にしますが、失禁の回数が多くなり、床や布団も濡らしてしまいます。一人での排泄が難しくなってきました。家中に尿臭があり、長男は消臭剤をあちこちに置いています。

 子どもたちも今後どうしたらよいか話し合いをしていました。山崎さんは穏やかで口数も少なくどうしたらいいのかがわかりません。子どもたちも複雑な思いでいました。長男は次男と一緒に施設やグループホームを見学し、山崎さんにパンフレットを見せて説明していました。ケアマネジャーにも相談し在宅の限界であることを話しているようですが、要介護1では施設入所は難しいことを理解し悩んでいます。次男の妻は以前にもまして協力しています。

 山崎さんも周りの気配に気づいたのか、トイレ介助をしていると、「私、この家にいてはだめなの?」とポツリ。答えに困り沈黙の時間が続きます。トイレの失敗は増えるばかりで、最近では訪問するとトイレに座っていることが多く、床はすでに尿で汚れています。トイレが自分でできることは在宅継続の大きな要素で、尿臭が家中に漂っていると家族にとっても安住の場にはなりません。山崎さんの言葉が頭から離れません。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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