へるぱ!

介護から学んだこと

第35回 生きているだけで幸せ      2022/04/12

 鶴川太一さん(95歳、仮名、男性)は要支援2でひとり暮らしです。加齢とともに身体状況も低下してきたため、壁や家具につかまりながらゆっくり歩いて移動しています。特に持病もなく、健康管理のために近くのクリニックを受診する程度です。車で30分の所には次女が住んでおり、月に2~3回来訪して買い物や布団干しなどを手伝っています。ふだんの買い物は宅配サービスを利用。長男・長女からも時々宅配便で衣類やお菓子などが届きます。訪問介護サービスは週2回で調理と掃除を利用しています。他のサービスは利用していません。

 集合住宅の1階に住んでいて、ゴミ出しなどのときは近隣の方が声をかけてくれます。鶴川さんは寡黙ですが笑顔が多く、穏やかな人です。子どもたちは心配していろいろ声をかけるのですが「一人で何とかできるうちは、このままここで暮らしたい」と言うので、子どもたちも「本人の希望を優先しよう」と考えているようです。鶴川さん自身は時々「子どもに従ったほうがいいのかな……」と思うこともありますが、笑顔で黙って聞くだけにしています。

 日々の生活はゆっくりのペース。食事などもお皿を食器棚から一枚出し、それを片手で持ち、一方の手で壁やテーブルにつかまりながら運び、その後、冷蔵庫から作り置きの料理を一品ずつ運び、お皿に盛り付けます。食べ方もゆっくりで、よく噛んで水分をとりながら食べるので、かなりの時間がかかります。食べ終わると、一つずつシンクまで運び、丁寧に洗って拭いて食器棚に片づけます。食べるという行為だけでもかなりの時間と体力が必要です。

 「手伝いましょうか」と声をかけることもありますが「いいよ、できるうちは何とか自分でするから。手伝ってもらったらそれが当たり前になってしまうしね」と。着替えや洗濯、入浴もゆっくりと自分のペースで行います。サービスを提供しているときに「何か他にすることはありませんか」と言っても「これで十分、働かないで年金で、子どもの世話にならないだけでも十分すぎるくらい」。「楽しいことは何かしら?」と聞くと、「楽しいことねえ……、生きているだけで幸せ、病気や紛争で苦しんでいるニュースなどを見ると代わってやりたいと思うよ……」淡々と笑顔で言います。

 楽しく活動的に暮らすことが幸せと感じていましたが、生きていることが幸せ、という鶴川さんの言葉に重さを感じ、日々の生活を支援する介護は重要なんだなと再確認しました。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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