へるぱ!

介護から学んだこと

第20回 気持ちに寄り添う       2017/9/26

山崎久子さん(90歳・仮名・女性)は、ひとり暮らしです。長年会社員として働き、定年後は自由に暮らしていました。数年前から膝関節症で歩行や座位に支障があり、訪問介護サービスは買物支援、調理、掃除を利用しています。

ある時、買物支援で近くのスーパーに行く途中、道すがらにあった喫茶店を見て、普段なら「おしゃれなお店ね」と通り過ぎるだけのところ、今日は「どうしても入ってみたいの。ダメかしら」と言うのです。いつもなら何も要求せず、淡々と行動する山崎さんが自分の意思をはっきりと伝えてきたので、「では、山崎さんが喫茶店で休んでいる間に私は買い物をしてきますね」と話すと、「一人では入りたくないわ。一緒にコーヒーでも飲みながら少しお話しをしましょう」と。サービス内容と違うので迷いましたが、「少しね」と言いながら入ることにしました。「悪いわね、怒られてしまうわよね」と山崎さん。喫茶店に入ると、これまでの自分について語り出し、これからどのように生きていけばいいか悩んでいるといった心境について、家にいる時とは違った真剣な表情で話してくれました。そして私が時間を気にしているのを察して「さあ出ましょうか」と。

買い物をした帰り道ではこんな会話を。「初めてのお店は勇気がいるのよ。それより話を聞いてもらいたかったの」「そうですか、ボランティアさんに頼みましょうか」「いえ、結構です、知らない人は嫌だわ」と最後には強い口調になり、沈黙の時間が過ぎていきました。家に着き、購入した品物を冷蔵庫に入れていると「今日はごめんなさいね。これからのことを思うと気が変になってしまうのよ。親戚も疎遠になっているし、友人たちはいなくなってしまうし、体は衰えていくし、相談する人もいないし、なるようにしかならないけど、人に迷惑はかけたくないしね」と。

いつも冷静な山崎さんの気持ちの一端を聞くことができました。家の中では面と向かって言いにくいことも、場所を変えたことで本音が言いやすくなったのでしょう。訪問介護サービスでは、介護度の高い人ほど時間に余裕が持てず、直接的なサービス提供を優先しがちです。

ひとり暮らしの方の悩みや不安にどこまで対応できるのか? 訪問介護においても相談援助は必要だと思いますが、ヘルパーにかなりの力がないとできないですし、サービス内容を変更するにしても、その場で事務所に問い合わせないといけません。その場の雰囲気を壊したくないし、多様なサービスにも対応したいし……実に悩ましいです。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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