へるぱ!

介護から学んだこと

第15回 生活援助 「すみません」「ありがとう」       2016/5/20

 森野和子さん(75歳・仮名・女性)は、1年前に夫が特養ホームに入所してから、ひとり暮らしです。訪問介護を週3回、デイサービスを週1回利用しています。

 心筋梗塞で入退院を繰り返し、退院後は生活援助で調理と掃除を、買物は宅配で、洗濯は自分で工夫しながら行っています。ヘルパーが訪問すると、献立が決まっていて、材料や切り方、調理の仕方、味付けを聞きながら行います。味を見てもらうと「すみませんね」と繰り返し言います。そのたびに「いいんですよ」と言いながらも、何かできることはやっていただいたほうがよい、と思っていました。

 時間内に次々と終わらせることを優先しがちですが、 料理がもともと得意なので、自分でやりたい気持ちが薄れないようにすることも大切だと考え、ある日、体調のよさそうなときに、下準備をしてから「森野さん、横で作り方を教えていただけませんか」とお願いしてみました。「あら、教えるだなんて」と言いながら台所にスムーズに歩いてきます。
 「切ってあるなら、作ってみようかしら」「ぜひお願いします」と。火をつけることや、鍋、フライパンの移動に少し手を貸しました。「久しぶりだわ、やっぱり自分で作るほうがいいわね、ありがとう。できたわ、でも全部は無理だわ」と森野さん。
 それからは、訪問の度にその日の体調を見て料理を手伝ってもらうか判断、ヘルパーがやる日もあれば、森野さんが主になって料理をすることも増えていったのです。ヘルパーが調理したときは、「すみませんね、悪いわね」、自分が関わったときは「ありがとう」と言葉に違いがあります。これは気にして言っているのではなく、自然に出てくる言葉であり、気持ちなのだと思います。自分が主体になって調理したときの表情は自信と達成感が見られます。

 生活援助は、その日の体調や生活ぶりを十分観察し、利用者が本来持っている力や前向きな気持ちを引き出し、その時にできそうなことを失敗しないようにフォローしていきます。利用者ができた気持ちを心に留め、次につなげ、積み重ねていくことが、自立にもつながります。そこには、時間とアセスメントが必要で、どのようにつなげていけばよいか、利用者の価値観や過去の生活習慣も重要な要素であり、介護職員の専門性も問われます。生活援助の区分で決められたことをするだけではなく、利用者の生活全体を見て実践できる裁量が必要なのではないかと思います。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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