へるぱ!

介護から学んだこと

第12回 アイロンをかける       2015/7/28

 高田清さん(85歳・仮名・男性)は、5年前に妻を亡くし、現在ひとり暮らしをされています。子ども2人は他県に住み、月に数回帰省し、買い物や通院の付き添いをしてくれます。
 訪問介護サービスの利用は週2回。掃除、買い物、調理、洗濯、入浴の見守り、さらに月に1回、外出介助のサービスを利用していらっしゃいます。加齢による身体機能の低下で、移動は屋内がつかまり歩行、屋外は杖歩行です。脱衣、食事は自立ですが、ゆっくりした行動で、ときどきむせることもあります。

 洗濯物を畳んでいた高田さんが、「今度の外出は買い物だけれど、買う物もないからやめにするよ」とボソッというので、「そうですか」と気持ちだけ受け取っておきました。なんとなく理由を聞かないほうがよさそうな雰囲気でした。
 掃除を続けながら様子を見ていると、いつもより畳む手が遅く感じられます。畳んだ服を箪笥にしまおうとしたら、他の引き出しからワイシャツの袖がはみ出ていることに気付きました。直そうと、取り出してみるとシワだらけです。高田さんに「アイロンかけておきましょうか?」と尋ねると、「いいよ、もう着ないから…」と返答が。「そうですか、でもアイロンだけかけておきますね」と言うと、「うん…」と高田さん。しばらく使っていないアイロンを取り出し、高田さんの前でかけ始めました。「昔は妻がいつもかけていたよ、『ありがとう』も言わなかった。当たり前と思っていたんだ」と言うのです。「ついでにズボンとハンカチもかけてくれるかな」と、昔話を色々語りだしました。アイロンをかけたワイシャツとズボンはハンガーへ。

 調理も終わり、盛り付けていると、高田さんが台所に来て、「やっぱり買い物は行くよ」と言うのです。「買う物をメモしておいてくださいね」と言うと、「セーター、下着、靴下を買わないと。いつまで生きるか分からないけれど、少しは身ぎれいにしておかないとね」と明るい声が返ってきました。

 買い物当日は、アイロンをかけたワイシャツとズボンを身に着け、ハンカチを持って出かけました。「やっぱりアイロンをかけたワイシャツは気持ちいいね。若返ったようだよ」と高田さん。「ダンディですよ」と私が言うと、照れたような笑顔で鏡を見ていらっしゃいました。
 買い物はメモどおり、セーター、下着、靴下を買い、レジに持って行く途中で、「ズボンも買っておこう」となり、セーターと合わせて選ぶことに。「娘や孫がなんて言うかなあ」と、いつもより口数の多い買い物となりました。

 日々の生活は同じことの繰り返しです。流れのなかで行ってしまいがちですが、利用者の“かつての生活”を探りながら、行っていることの意味を考え、丁寧に接することでサービスの質が変わります。このような出来事は、生活援助の大切さを実感する瞬間でもありますね。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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