へるぱ!

介護から学んだこと

第26回 悩みながらサービスを提供する       2019/10/11

 森野真知子さん(72歳、仮名、女性)はひとり暮らしで要介護1。うつ病があり、ときどき体も心も動かなくなってしまいます。家の中はシーンとして時間が止まったような感じです。週3回、訪問介護サービスで買物、調理、掃除を一緒に行います。本日もベッド上でピクリとも動きません。

 そばに行き、そっと手を握りましたが握り返しもなく、目を閉じたままです。しばらくそのままで黙っていました。本日は調理ですが、食欲もなさそうなので、消化の良いものを考え、時間を逆算していました。かなり長い時間手を握っていたように思え、そっと時計を見ると思っているほどの時間は経っていません。でも、かなりの時間が過ぎたように思えました。どんな声かけをすればよいか自問自答していましたが、これといった答えも出ず、頭は空回り状態です。

 森野さんの苦しい気持ちに、どう寄り添えばよいか、これまでも同様な状況は何度もありましたが、いつも答えが出ないままそっとそばにいるだけです。限られた時間なので、そばを離れ、空気を入れ替え、おかゆと卵とじをつくり、布団をかけ直し、手の届くところに好きな紅茶を置いて帰ることにしました。まだ目を開けませんし、動きもありません。

 うつ状態のときは苦しく、暗闇にいる感じでしょうか、私のほうもずっしりと心が重くなり、どう対応すればよいか、自分の力のなさを感じつつも糸口が見えず、苦慮が続きます。重い気持ちを次の利用者宅に着くまでに変えようと思いながらも、生活を支援すること、サービスを提供すること、QOLを高めること等々、できているのだろうか、形だけになっていないか反省するばかりです。毎回、答えも出ず試行錯誤の連続ですが、心の重さは増すばかりです。うつ状態になると訪問介護員の負担も大きくなります。配慮しつつかかわることで生活がなんとか保たれていますが、うつ状態の期間はその都度違い予測することはできません。

 うつ状態が薄れてくると、几帳面で優しく、一緒に調理をすると、「どこの料理屋さんより素敵な料理だわ」と、はにかむ感じで言うこともあります。動きはゆっくりですが何事にも丁寧です。調味料などもスプーンで量りながら入れます。体調が悪く休むと周りの人に迷惑だからと、定年よりかなり早く仕事も辞めてしまいました。森野さんの今を大切にし、かかわることで精一杯です。

一覧へ戻る

コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

トップページへ