へるぱ!

介護から学んだこと

第22回 小さな気づき       2018/8/20

大塚ヨシさん(94歳・仮名・女性)は要介護5で、長女夫婦(長女71歳・夫75歳)と同居しています。キーパーソンは長女ですが、長年介護をしてきたので、最近は腰痛がひどく、家事をすることで精一杯です。訪問介護サービスで排泄介助・口腔ケアを毎日、清拭・更衣は週1回。長女夫婦は、地域の介護者教室などに積極的に参加し、介助方法を学んでいます。食事は経管栄養を家族が行います。

ヨシさんの口腔ケアをいつものようにしていたある日、目を開けてジーと見るので、話しかけてみたらその日は笑顔になったように感じられました。いつもは声をかけても目を閉じたまま反応が乏しく、良い関わりをもつためにはどうしたらよいか、ヘルパー間でも課題でした。そこで、毎日の口腔ケアの様子を記録してみたのです。すると少しずつ変化が表れ、さらに口腔体操を一緒に行いながら、それを日々積み重ねていくうちに口を大きく開けられるようになり、飲み込みもできているように感じられるまでになりました。家族も一緒に見ていて「飲み込める感じね。でもむせたら怖いわ」「好きな季節のジュースくらい飲ませたいわ」と会話が出るほどに。

その後、サービス提供責任者からケアマネジャーに連絡。医師や訪問看護師などを含めたカンファレンスを自宅で行い、様子を見ながら徐々に口から飲むことを試みることになりました。ヨシさんはカンファレンス中、とても穏やかな表情をしていたのが印象的です。

早速、家族がヨシさんの見える所で好きな桃を絞り、スプーンで口に入れる動作をしたところ、自然に口を開け、むせることなく飲み込みました。美味しかったのか、目でスプーンを追う動作まで。周りにいた私たちは、言い表せないほどの感動をその時分かち合ったのです。当面は連絡・報告を密にしながら様子を見ることに。その後少しずつですが、口から飲む量が増え、味わうこと自体が楽しみになっているようです。果物を絞る前に「今日の果物は○○ですよ」と伝えると、目を開けて顔を動かすようになり、表情も出てきたように感じます。

生活の中のほんの少しの変化ですが、とても大切なことで、これをきっかけに多職種連携も密になりました。「口から食べるなんて無理だと思っていたのに嬉しいわ。好きなものを食べられるようになるかもしれないと思うだけで、明るい気持ちになれる」と家族にも笑顔が生まれました。小さな気づきが、利用者の生活の質に大きく影響することを感じつつ、同時に忙しさに流されてケアしているのでは、という不安もよぎります。

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コラムニスト紹介

是枝 祥子

大妻女子大学 名誉教授

プロフィール

昭和39年東洋大学社会学部応用社会学科卒業後、児童相談所、更生相談所、特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター、ヘルパーステーション等、数々の現場勤務を経験。

1998年より大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授で同学部の学部長も務め、現在は同大学名誉教授。

介護職員の研修をはじめ、多くの介護人材育成に携わる。

著書・出版

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