(4) 一番の戸惑いは「介護保険」
▲スタッフと軽く打ち合わせをする山崎さん。このときも立ったまま。
―ほかに、施設から在宅に仕事が変わって戸惑ったことはありますか?
山崎さん:一番戸惑ったのは介護保険制度です。私は措置の時代から介護の世界にいますからね。単純に、「利用者さま」が「お客さま」になったことに強く戸惑いました。サービスを提供される利用者さん側も戸惑ったと思いますよ。これまで無料だったサービスが、急に有料になったわけですからね。
―混乱している利用者さんも多かったと?
山崎さん:ええ。介護保険制度がスタートした頃は、介護や福祉がまだまだ見えない時代でした。だから、介護職に従事していた私たちですら混乱しました。それなのに、介護や福祉の知識がほとんどない人たちばかりが在宅介護の世界に続々と入ってきて、その挙句、そういう人たちが介護保険の説明をすることになったわけです。これではお互いに混乱が発生して当然です。利用者サイドの困惑ぶりは火を見るより明らかでした。
―今現在はいかがでしょう?どう思われますか?
山崎さん:以前に比べればかなりマシにはなりましたが、今でも現場に混乱があるのは否めない事実です。正直に言うと、介護保険制度をきちんと理解できている人はごくわずかでしょうね。そもそも、変わりすぎなんですよ。こんなに頻繁に内容の見直しがあると、私たちですら変化についていけないことがあります。最初の頃にあった制度で今はもうやっていない、というものも少なくない。昔はやればやるほど利益が出たけれど、今はやればやるほど赤が出る。身体介護が多い私たちですらそう感じているんです。現場を置き去りに、制度だけがどんどん変わっているんです。厳しい世界ですよね。少しずつでもいいから、高齢者にとっても介護従事者にとっても安心できる、もっと分かりやすい制度になっていけばいいなと思います。
(5) コミュニケーションが生む強い絆
▲スタッフと一緒に昼食をとる山崎さん(左端)。ランチの最中も賑やか。
―それにしても、事業所内に笑いが絶えませんね。
山崎さん:関西地区はどこもこんな感じじゃないですかね。もっぱら仕事の話をしているのですが、それでも笑いが起こらないことはありません。でも、ただ賑やかなだけではありませんよ。全員、自慢のスタッフです。身内を褒めるのも何ですが、うちのスタッフは本当に凄いんです。ほぼ全員が介護福祉士の有資格者ですし、ヘルパーとして現場に出向いている看護師もいます。勉強会にも頻繁に参加して、その情報を全体で共有するようにもしています。だからとても心強いんですよ。スタッフが揃っているから重度の利用者さんの介護に参加できるし、みんながその意識と誇りを持って仕事にあたっていると思います。
―登録スタッフは何名いらっしゃるんですか?
山崎さん:登録スタッフは現在3名。少数精鋭なんです。登録スタッフも、ほとんど毎日訪問に向かっています。休みなどでもない限り、私たちも登録スタッフも1日1回は事業所内で必ず顔を合わせますから、FAXや電話だけで連絡を取り合うことはありません。「記録は財産だ」という全体認識もしっかり定着していますから、どんな些細なことでも全員が記録として残します。シーツが破れたとか、熱が上がりだしたとか、呼吸が乱れ気味だとか、徹底して細かく記録しています。
▲記録は財産・・・だからきっちり書くと、山崎さん。
―素晴らしいチームワークですね。
山崎さん:チームワークの基本はコミュニケーション。そして、介護の基本もコミュニケーションだと私たちは思っているんですね。だから、まずは身近なスタッフ同士が仲良くなって、一致団結しなくては何も始まらないと考えています。だからでしょうかね。スタッフ全員、本当に仲がいいんです。ウジウジしている人もいませんしね。しっかりメリハリをつけて仕事をしています。
―身近なコミュニケーション、確かに大事なことですね。
山崎さん:ベテランが多い事業所なので、スケジュール管理などは個人の裁量に任せている部分もあります。もちろん、大枠のスケジュールは決まっていますけれどね。私たちの仕事は利用者さんの状況によって早く終わるときもあれば、遅くなることもあります。だから、あまりガチガチにしてしまうのも動きにくくて厄介です。きっちりするところはきっちりする。ガチガチだと厄介なところは緩める。これが上手く機能するのも、信頼しあった仲間だからこそです。
▲「これこれ!」ひとりのスタッフの携帯画像をみんなで覗き込む。
―それが現場の介護に繋がるんですね。
山崎さん:そうですね、そう信じています。
病院の先生方に「(利用者さんが回復なさったのは)ピースケアさんのおかげですね」と言われることがありますが、実際に介護に関わる私たちですら驚くような変化が時々起こるんですよ。まるで目の前で奇跡でも起きたような、そんな劇的な変化がね。実際に、寝たきりで流動食、ほとんど植物状態の利用者さんが、今では元気になってオムツも取れていますしね。そういう症例がいくつもあるんです。でもこれも、利用者さんを中心としたチームワークの賜物なんですよね。
どの症例も、決して私たちの力だけではどうにもならなかったものばかりです。利用者さんのご家族、病院の先生、ケアマネージャーなど、介護に関わるすべての人が、私たち現場のヘルパーを支えてくれています。だから、私たちも全力で利用者さんの介護に向き合えるんです。周囲がちゃんと支えてくれていると実感できなきゃ、現場の介護は続けていけませんからね。
▲スタッフを影で支える事業所のアイドル犬「ピース」。
―なるほど。
山崎さん:市の在宅介護支援センターや保健所から回ってきた利用者さんもいらっしゃいますよ。在宅ではダメだろうと当時は諦められていましたが、今は在宅介護で十分なほどお元気になられてね。利用者さんらしく毎日の生活を楽しんでいらっしゃいますよ。
できないわけじゃないんです、そういうことが。ただ、それには利用者さんの「家族」と「医療」と「介護」―介護に携わる全ての人が協力し合って、同じ情報を同じように共有して、同じ目標に向かって走らなきゃいけないんですよ。それができないとなると、何も始まらない。前に進んでいけないんじゃないかって思うんですよね。
―だから「コミュニケーション」が大事だと?
山崎さん:ええ。身近なコミュニケーションすら上手くとれなかったら、こんな大掛かりなプロジェクトに立ち向かえるわけがありません(笑)。そんな日々の小さな積み重ねが、利用者さんの変化になって現れてくる。そして、利用者さんの変化によって私たちが元気になっていくんです。だから介護の仕事って面白いんだと思いますよ。
―では最後に。介護の仕事が好きですか?
山崎さん:ええ、もちろん。介護の仕事を辞める気もないし、これまでに辞めようと思ったことも一度もありません。だってね、私には介護の仕事以外にできることなんてありませんから。それにこんなに面白い仕事も職場もない。断言します。だから何があっても大丈夫。そして今いるスタッフは、よほどの事情でもない限り、多分誰もここを辞めません。そう思えるだけの強い絆が、私たちにはある。それが私たちの強みです。
■編集後記
▲本当に明るいスタッフの皆様。
取材当日は数日続く寒波の影響で、窓の外には雪がちらちらと舞っていました。同日がバレンタインデー前日だったこともあり、スタッフの方からチョコレートの差し入れを頂きました。箱を開けると、桜の香りのするピンクと白のチョコレートたちがお行儀よく並んでいました。その姿に、山崎さんも私も、他のスタッフの方々もウットリ。目の前に広がる雪を眺めながら早咲きの桜をほおばるのは、なんとも贅沢な気分でした。
山崎さんをはじめ、元気で明るいスタッフの皆様と共に昼食をさせていただき、色々とお話を伺えたことを本当に嬉しく思っております。また、集合写真を撮りたいと申し上げたところ、お休み中のスタッフの方まで快くお集まり頂き感謝いたしております。様々な苦労の上にある皆様の美しい笑顔が眩しすぎて、思わずジーンときてしまいました。ピースケアの皆様、本当にありがとうございました。
「へるぱ!」運営委員会一同