キッカケは、主婦の延長上にある仕事だったから。
▲リハビリから帰ってきた利用者さんと田久保さんたち職員の皆さん"
―インタビューなどで介護の仕事を始めた理由を伺うと「何となく」と回答される方が多いんですが、そういうものなんでしょうか?
田久保さん:私と同世代くらいの方は、みなさん「はじめは介護がやりたかったわけじゃないのよ」っておっしゃるんですよね。
嫌なこともいっぱいあるんだけど、気がついたら続けてて、楽しくなってたって。
訪問介護って、どちらかといえば生活の延長上にあるものですよね。
だからやっぱり主婦業だった方が多いんですよ。
家庭生活の中でやっていた主婦の仕事を、他のお宅に行ってするって感覚が今でも少しはあるかもしれません。
家庭には親と子の関係があったり、孫とおじいちゃんおばあちゃんの関係があったり、いろんな人間関係がありますよね。
たまたまそこに私たちのような介護職員が入っていって、介護の環境や新しい人間関係を作っていくようなイメージと言ったらいいですかね。
極端かもしれませんが「第2のお母さん」みたいな感じ。
そんな主婦ならではの力を発揮できる場として、ホームヘルパーっていうのが存在しているのかなー、始まったのかなーと思うこともありますね。
母性本能ではないですけれど、主婦業をやっていた人が始めやすい仕事としてあるのかなぁと。
だから何となく始めたっておっしゃる人の気持ち、私もよく分かります。(笑)
多分私もそうですけど、何も資格のない主婦ができることといえば、ご飯作ったり掃除することかなと思って。
▲「ゆっくりでいいですよ」 伝い歩きをする利用者さんに声をかける田久保さん
―それがキッカケでこの業界に?
田久保さん:そうですね。そういった主婦業の延長上のお世話に徐々に技術的なものが要求されるようになって、ようやく「仕事」として認められるようになったんじゃないかって思います。
さらに「資格」っていうものが出てきて、それが社会的にも認められたものになって仕事の専門性が問われるようになる。
そうしてどんどん立場が変わっていく気がします。
今働いている人の多くは何となくっていういか、素直にそういう世の中の動きに応えて、主婦の仕事ではなく専門性をもった仕事として取り組むようになったんだと思いますよ。
▲私たちにとっては何気ない部屋までの距離も、高齢者にとっては長い道のり
―だとすると、今の制度に葛藤があるのでは?
田久保さん:介護保険制度が始まって、質の向上だとか競争だとか、そういうことばかりが言われるようになったことで、戸惑ったり葛藤を覚えたりすることはありますね。
自分を振り返ったときに、「これでいいんだろうか」なんて考え込んでしまうことも少なくありません。
介護が主婦の延長上の仕事でなくなり専門的な知識を必要とする仕事になった今、様々な葛藤の中で介護職員は働いているんですよね、きっと。
専門性が問われるようになって介護職員の社会的地位が確立されたことは嬉しい。けれど、それに見合った収入にはならない。
今までは楽しみながら仕事ができていたのに、制度によってこれまでのようには楽しめなくなった。
それぞれにそれぞれの言い分があるんですよ。それを何とか自分の中で整理しようとすると、やっぱり悩みが発生するんですよね。
介護の仕事を続けようかどうしようかって。若い世代も、そうでない世代も、悩みながら働く時代にはなりましたね(笑)。
介護の今―若手の人材不足と利用者の変化
▲利用者さんのお食事の支度をする田久保さん。
―訪問介護の世界には、若手が少ないようですね。
田久保さん:慢性的な人材不足だと思います。特に若い方にとっては、色々な意味でハードルが高いんでしょうね。
今は昔とは違って、子供が朝からほうきをもって掃除をするような時代ではありませんからね。
小さい頃から何でも揃った環境の中で育ってきていますし、家事もどんどん楽になっています。
だから家庭参加が少なくなってしまって、掃除や炊事、洗濯、お年寄りとの関係作りなんかが分からないという人が増えてしまいました。
そんな状況下で、学校が「さあ介護に参加しましょう」なんて言っても、主婦や家庭の延長上とも言える「ホームヘルパー」の領域はこなせないんですよ。
若い世代にこそ、訪問介護に参加して欲しいと思いますが、そんな理由もあってかまだまだ少ないのが現実です。
もちろん、頑張っている人もいますから、全部がそうだとは言いませんけれどね。
―介護保険制度が浸透してきて、働く側だけでなく利用者さん側も変わってきましたか?
田久保さん:色々な方がいらっしゃいますが、やはり変わってきましたね。
介護に対する考え方や取り組み方が変わってきているんですから、それは当然のことだと思います。
私が仕事を始めた頃は「お手伝いにきてくれる人」というイメージが強かったせいか、「申し訳ないですね」とへりくだっておっしゃる方が大半を占めていました。
でも今は違います。「保険料を払ってるんだから、使って当然の権利でしょ?」って方もいらっしゃいます。
私たちは仕事としてお世話をしているんですから、本来どちらであっても構わないんですよ。
そもそも、お礼を言って欲しいから働いているってわけじゃないですしね。
でも、やはり長年介護の世界で働く人たちにとってみれば、こういった変化はちょっと寂しいことだったりはしますね。
▲デイサービスで作った工作を見ながらコミュニケーションをはかる田久保さんとご利用者
―心のつながりが薄くなってきた、ということでしょうか?
田久保さん:そこまでではありませんが、「ありがとう」の重みは変わった気がします。
サービスに伺うと今でもお礼を言われることは多いです。
でも、ご家族やご親戚、医師や地域の方々から勧められてサービスを利用することになった高齢者だけの世帯で聞く「ありがとう」と、『お金を払ってるんだから、このくらいのことはやってもらって当たり前』という方がおっしゃる「ありがとう」とでは重みが違って感じられるんですよね。
仕事とはいえ、私たちもひとりの人間ですからね。
満足感に違いがでてしまうのは仕方がないのかなって思ったりしますよ。
▲ご利用者の代わりに処方薬局で薬を受け取る田久保さん
―難しいところですね。
田久保さん:介護というのは高齢者だけが必要としているものではありません。
若い世代、例えば40代くらいの利用者さんもいらっしゃいます。
そういった方々は介護保険制度という権利を上手に使われているなと感じます。
「私にはこれができないから、こうして欲しい」と、はっきりとおっしゃいますしね。
これはこれでいいんですよ。具体的で分かりやすいですし、サービスを提供する側としては実にありがたい。
利用者さんが求めるサービスをきちんと提供できるわけですからね。
でも、それ以上のサービスというか、心と心のふれあいとか、お付き合いといったものは求めていらっしゃらないんですよね。
私は利用者さんの家族の一員にはなれません。でも、いつだって目線はご家族の近く、利用者さんの近くでありたいと思っているんです。
家庭を守る手助けをしたいと考えているんですね。
大げさな言い方をすれば、家族の一員になったつもりでお世話をさせていただきたいと思っています。
おせっかいなのかもしれませんけれどね(笑)。
でも、そういう使命感をもっているからこそ、利用者さんやご家族との良い人間関係を築こうと努力もします。
けれど利用者側からそれを拒絶されてしまうと、それ以上の関係は築きにくくなってしまうんです。
それを感じると、寂しいなって思ってしまうんですよ。
―というと?
田久保さん:介護業界に入ってきた頃の私は、パートとして働いていました。
だからそこまで収入にこだわっていませんでした。子育ても落ち着いたし、介護にも興味があったので始めたんですよ。
経験を重ね、資格を取るごとに介護の仕事の奥深さに魅せられたというか。
だから今でも、収入よりも仕事としての面白さや楽しみのほうに興味があるんですよ。
でも、最近の方は労働力に対しての収入をしっかりと求めます。
収入の先にある生活というのをまずは考えているように思えるんです。
当然といえば当然のことなんでしょうけれど、純粋に「この仕事が好きだからやりたいんだ」っていう気持ちとはちょっと違うのかな、と思うことがありますね。
―何となく分かる気がします。
田久保さん:とはいえ、私が訪問することを楽しみに待っててくださる利用者さんもいらっしゃいますからね。
色々な介護の形があるし、色々な利用者さんがいらっしゃいます。
世の中の流れも制度もまだまだ変わっていくと思います。でも、私は私らしく、楽しみながらこの仕事を続けていきたいなって思います。
編集後記・・・
▲控えめな入り口の看板
▲津田沼ヘルパーステーションの皆さ
今回も、ご利用者様やそのご家族のご協力を得て、同行取材をさせていただくことができました。この場をお借りして、ご協力いただきましたご利用者様ならびにご家族の皆様、津田沼ヘルパーステーションの皆様、その他取材にご協力いただきました多くの皆様に御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
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