雑誌や映像の取材で多くの高齢者や家族介護者などをインタビューします。介護保険制度が始まる数年前から毎月続いていて、おそらくは1000名を超えているかもしれません。どの方の話も大いにうなずけるものばかりなのですが、今なお鮮明な記憶を刻み続けている言葉があります。
大都市近郊の閑静な住宅街に老夫妻が住んでいました。ともに80代のおしゃれな夫妻です。夫は30代で会社を興し、40年以上にわたり代表取締役として会社を切り盛りしてきました。数年前に物忘れが目立つようになり引退、今は妻と二人でひっそりと暮らしています。記憶に刻まれた言葉とは、妻(A子さんとしておきましょう)に「今後の生活」を聞いたときに返ってきた答えです。
「私だって初めて。どうなるかわからない」
A子さんは続けます。
「70歳になるときもそうだった。80歳になるときもそう思ったわ。来年85歳になるけど、私にとっては初めての85歳。いつまでたっても新米運転。当たり前だけどね」
確かに当たり前ではあります。人は誕生日ごとに未経験の1年を迎えていくわけで……。ですが、何と、みずみずしい響きに満ちているのでしょう。私はこの言葉を聞いた瞬間、A子さんがとても若々しくて、素敵な女性に見えたものでした。
そう、すべての高齢者にとって「老い」は初めての経験なのです。やがて私たちの世代にも順番は回ってきます。その意味で、高齢者たちは、私よりも一歩先を歩く「冒険者」なのかもしれません。勇気と不安を携えながら老いの扉を一枚ずつ開き、私たちに「老いの正体」を教えてくれるのです。
そんなふうに考えながら、出会ったお年寄りたちに話を聞くと、なんだか顔つきまでが違って見えてきます。お年寄りと私たちの世代を隔てる壁も、どんどん低くなっていくような気がしてくるのです。




