私が今まで生きてきて、何人の人にケアをしていただいたか数え切れない。気持ちのいい手や、ちょっと怖い手や、迷いのある手や、怒りがこもった手など、触られると感じ取れる。顔を洗うとき毎日違ったやり方なので・・・続きを見る
生まれながらに脳性小児麻痺という障害を負った小山内さんが、様々な人の助けを借りて生きるなかで、感じたこと、学んだことをお伝えするページです。
私が今まで生きてきて、何人の人にケアをしていただいたか数え切れない。気持ちのいい手や、ちょっと怖い手や、迷いのある手や、怒りがこもった手など、触られると感じ取れる。顔を洗うとき毎日違ったやり方なので・・・続きを見る
私は約30年間、ボランティアとヘルパーの手で生きている。そのときのドラマはありすぎて書き尽くせない。ドラマを知りたい方は私の本を読んでいただきたい。若き日、恋人ができたとき、彼はベッドメイキングもせずに慌てて会社へ・・・続きを見る
地球は常に動き、生きている。傲慢な人間が地球に勝とうと立派な建物を建てても、一瞬にして奪い去るときがある。原発を守ろうとして高い塀をつくり、まだ懲りずに原発を運転しようとしている。どんなに高い塀をつくっても・・・続きを見る
ホームヘルパー制度を真剣に勉強するためには、海外に行かなければいけないと思った。だからヨーロッパでは、指折り数えきれないほどたくさんの国を訪問した。一般の福祉見学コースは断り、通訳の人に車で街中を走るよう頼んだ・・・続きを見る
1977年に「札幌いちご会」は、「どんなに障害が重い人でも地域で生活をしたい」というキャッチフレーズを掲げ、障害者自身が寄付金を集めて自立生活運動を始めた。最初はすべてボランティアの力で活動をしていた。私の部屋が・・・続きを見る
母の手は私の手。手が動いた経験がない私は、母の手で生きてきた。考えたことは母がすべてケアしてくれた。しかし、中学校2年生のとき、母は働きすぎて入院してしまった。思春期の私は父にトイレを手伝ってもらうことに抵抗を感じた・・・続きを見る

障がい者自立生活センター
札幌いちご会会長
社会福祉法人アンビシャス
施設長
1953年生まれ
障がい者自立生活センター札幌いちご会会長
社会福祉法人アンビシャス施設長
自身、脳性麻痺で「ケアを受けるプロ」を自認
2008年 悪性リンパ腫を発病したが、半年の闘病生活を経て、社会復帰を果たす。
北海道大学医学部作業療法学科で教鞭をとるなど、介護教育に力を入れている。
また、著書『わたし、生きるからね』(岩波書店)などほか多数あり。